【特集】ルール改正は追い風。“秘技”全開でメダル獲得へ…グレコ66kg級・飯室雅規




 5月に実施されたグレコローマンの急なルール改正は、多くの選手に戸惑いを与えた一方、リフトを得意とする選手には朗報となった。60kg級の笹本睦(ALSOK綜合警備保障)、84kg級の松本慎吾(一宮運輸)らは、最初の大会となった5月のアジア選手権(中国)でこそ、従来とは違うパターンからのリフトということで戸惑ったようだが、6月の明治乳業杯全日本選抜選手権では、何度も相手の体を宙に浮かせた。

 意外だったのは66kg級の飯室雅規(自衛隊)。リフトの使い手というイメージがなく、このルール改正がプラスに作用するとは思われなかった。しかしアジア選手権の時からして、相手を上げるシーンが何度も続いた。全日本選抜選手権でも、3試合6ピリオドのうち、4ピリオドが豪快なリフトを決めてのテクニカルフォール(うち1ピリオドはそのままフォールへ)だった
(写真右)

 「研究されますからね。このまま続くとは限りませんよ」と苦笑いを浮かべるが、自らも上げ方を研究できるわけで、他の選手に対して大きなアドバンテージ(有利)がある。世界選手権へ向けて力強い戦力として考えられるようになったのは間違いない。

 なぜ、これまでの飯室の試合でリフトを見ることができなかったのか。それはスタンドの攻撃力が足りず、必ずといっていいほど最初にパッシブ(消極性)を取られ、パーテールポジションの守りをしいられていたからだ。そこでポイントを取られると、試合の流れは相手に傾いてしまう。飯室の海外での試合というと、大半がこうしたパターンで進んでいた。スタミナにものを言わせて自分がパッシブを取りパーテールポジションから攻撃する時には、持ち上げる体力どころか、ローリングで回す体力も残っていない、という状況。

 今度のルールでは、試合開始から1分、あるいは1分30秒の段階で必ずグラウンドでの攻撃権を得ることができる。この段階なら、まだ十分に持ち上げる体力がある。1度でも持ち上げて相手をマットにたたきつければ、大きな精神的有利を得ることができる。飯室にとって、これまで表に出したくとも出すことができなかった“必殺技”を表に出せるようになったルール改正だった。

 この勝ちパターンを確固とするために、飯室が力を入れて練習しているのが、試合開始直後のスタンドでの1分間の攻撃だ。「1分ではなかなかポイントを取れないと思う。しかし、ここで相手をバテさせることで、そのあとを有利に進める」。わずか1分間だ。相手に圧力をかけ、動かし、少しでもバテさせることで、後に続くグラウンドの攻防のみならず、第2、3ピリオドを有利に運べる。

 これまでなら、強引な攻撃を仕掛けて1ポイントを取られてしまうと、それが致命的な失点になってしまうので、なかなか仕掛けられない面があった。新ルールは、たとえ1ポイントを先制されても、続くグラウンドの攻防で逆転できるチャンスが十分にある。さらに第1ピリオドを取られても、「外国選手は第2、3ピリオドに必ずバテてくる」というから、そこで逆転を狙うこともできる。ピリオドごとにポイントがリセットされるようになったルールも、飯室の持ち味を十分に発揮できるルールなのである。

 アテネ五輪出場は逃したものの、世界選手権は4度目の出場になる。「最初の大会に出た時は、とても緊張しました。今は外国選手と戦うことのプレッシャーもないし、あれほど緊張することはないと思います」。アジア選手権で銀メダルを獲得した追い風もある。ブダペストでは、水を得た魚のような活躍が期待される。

(取材・文=樋口郁夫)


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