【特集】金ラッシュの中でも現状をシビアに分析。その姿勢に北京五輪での勝利を見た!





 女子レスリングの五輪種目採用が決まったのが2001年9月のこと。その2か月後にあった世界選手権で日本は金メダル2個を獲得し(51kg級=坂本日登美、56kg級=山本聖子)、世界の女子レスリング界で確固たる地位を築いていた。

 しかし、その大会でエース浜口京子(当時75kg級)がメダル獲得を逃し、前年2位だった岩間怜那(当時62kg級)も予選リーグで1敗を喫して早々と姿を消した。五輪採用決定により、米国、ロシア、中国、ウクライナなどがそれまで以上に力を入れてくることが予想され、「日本の世界一は風前の灯」などという声もあった。

 だが、当時、中京女大を“最強軍団”へ押し上げた栄和人コーチ(現日本協会女子ヘッドコーチ、
写真左)は声を荒らげて反発していた。「冗談じゃない。オレたちは女子が五輪種目になることを想定し、早くから世界のどの国よりもハードな練習をし、勝つための努力をしてきた。練習の量・質ともに世界で一番だ。五輪種目になってやっと本腰を入れたチームなんかに負けてたまるか!」

 あれから4年。栄ヘッドコーチの決意は現実のものとなっている。日本は翌02年の世界選手権で浜口が力強く世界一へ復帰し、吉田沙保里、伊調馨という新しい逸材を世界に出した。03年の世界選手権では金メダル5個を獲得。04年アテネ五輪でも金2個を含めて全階級でメダルを取った。

 栄体制となった2005年は、5月のワールドカップをダントツの強さで優勝。アジア選手権でこそ中国と金メダルの数を分け合ったが(ともに3個)、6月のアジア・ジュニア選手権、7月の世界ジュニア選手権とアジア・カデット選手権でも強さを見せた。そしてトルコ・イズミールでのユニバーシアード。ここでも金4個を取る強さで他国を引き離した。地位低下の予想をあざ笑うかのように、日本はこの4年間、ダントツの強さを発揮し世界のトップをひた走ってきた。

 ユニバーシアードでは
(写真右が参加メンバー)、55kg級の吉田沙保里、63kg級の伊調馨、世界一に輝いた頃の強さが戻った59kg級の正田絢子の金メダルは“順当”としても、67kg級で20歳の新鋭、新海真美が勝ったのは大きな収穫。この階級(最重量級のひとつ下の階級)は日本の最大のウイークポイントで、1993年(当時70kg級)に浦野弥生が優勝したあと世界一から見離されている。

 その間のメダル獲得も94年の宮崎未樹子と00年の宮本知恵(ともに銅メダル)のみ。その弱点階級でアジア・ジュニア選手権、世界ジュニア選手権、ユニバーシアードと3大会を勝ち抜く新星が生まれた。「追われる選手(坂本襟、斉藤紀江、菅原美々)の心は穏やかではないと思うよ」と栄ヘッドコーチ。いっそう必死になって練習に打ち込むことが予想され、新海の快挙はシニア67kg級の世界一奪還へ向けて大きなエネルギーになることだろう。

 栄ヘッドコーチは、新海のほかにも山名慧(59kg級)と西牧未央(63kg級)という所属の選手を世界ジュニア・チャンピオンに育てており
(写真左=左から山名、新海、西牧)、新しい芽の育成にも手腕を発揮している。この“下からの突き上げ”が全体の底上げに最も有効な手段であることは言うまでもない。子供の頃、「ジャンケンであっても、負けるのが悔しかった」という強烈な負けじ魂は、女子のヘッドコーチになった今も健在。世界選手権やオリンピックでの全階級制覇という偉業も不可能とは思えないほど、万全の体制で強化を進めている。

 その裏には現状をしっかりと見据え、ウイークポイントをしっかりと見つめる“眼”がある。ユニバーシアード金4個獲得の祝福はきちんと受け止めながらも、「日本選手は腕力がない。レスリングの経験が長く、レスリングを知っているから勝っているのであり、多くの外国選手がレスリングを知ってきたら、こんな簡単には勝てない」と厳しく分析。

 ルール変更(1ピリオド2分のセット制)への対応はまだ研究の途中。今回、伊調馨がタックルを返されたように、伊調と吉田は世界中から研究されており、その上を行く対策が急務と考えているし、ユニバーシアードには出てこなかったが、08年五輪開催地の中国の脅威は、その脳裏から片時も離れないという。

 今年に入り、日本の選抜・代表チームが取った金メダルは37個(ヤリギン国際大会2、ワールドカップ1・個人6、アジア選手権3・団体1、アジア・ジュニア選手権7・団体1、世界ジュニア選手権3・団体1、アジア・カデット選手権6・団体1、ユニバーシアード4・団体1)。こうしたゴールドラッシュの中でも、栄ヘッドコーチは足元を見つめることを忘れていない。


 その浮かれることのない姿勢こそが、日本を北京五輪での勝利に導いてくれることだろう。今年の残る大勝負は世界選手権(9月28〜30日、ハンガリー・ブダペスト)。「百里の道は九十九里をもって半ばとす」ということわざがあるように、2005年の闘いはまだ半分しか来ていない。日本代表選手の健闘を期待したい。

(取材・文=樋口郁夫)



《前ページへ戻る》