【特集】世界選手権へかける(3)…男子フリー66kg級・池松和彦





 「ことしの世界選手権で引退しようかな、とも思っているんですよ」。2003年世界選手権で銅メダルを獲得し、フリースタイルのエースに成長した66kg級の池松和彦(K−POWERS)の口から出てきた言葉だ。25歳。まだひと花さかせてもらわねばならない選手だし、咲かせられる選手だ。

 しかし、決して冗談半分の気持ちではないようだ。少なくとも12月の天皇杯全日本選手権は出場せず、休養しようかと本気で考えている。故障箇所をしっかりと直し、レスリング人生をしっかりと見つめるためだ。もっとも、世界選手権で不本意な成績を残してしまっては、休むに休めない。「そのためにも全力で臨みます」。形はどうであれ、ベストを尽くすことに変わりはない。

 振り返ってみると、アテネ五輪まで一心不乱に走り続けてきた。SARS騒動のため多くの選手が辞退した03年アジア選手権(インド=銀メダル獲得)を含め、米国、ロシア、ドイツ、イランなど、多くの国で多くの国の選手と闘い、経験を積んで世界のトップクラスに駆け上った。アテネ五輪が終わってみて、今、その疲れが心身にどっと出ているといった感じだ。

 気持ちを盛り上げようとしても、アテネ五輪前の気持ちになり切ることができない。やる気がないわけではない。どんな大会でも勝利を目標にして挑んではいる。だが、何かが違う。「2度とない機会だから」と臨んだ8月のユニバーシアードも、けがのため思うような練習ができないまま迎えてしまった。

 このままずるずると選手活動を続けていくと、けがも治り切らず、ますます悪い方向へいってしまうような気もする。欧米選手はオリンピックのあと1年くらい休む選手がけっこういる。そのパターンを踏襲(とうしゅう)し、今年は最初から休養するべきだったかな、という後悔もある。

 しかし、休むことへの不安があった。高校時代に全国大会無冠の平凡な存在から世界のメダリストにまで駆け上がった原動力は猛練習だった。それがゆえに、練習から離れるブランクが怖かった。「誰か、休み方を教えてくれませんかね」。ある程度の年齢になった一流選手の多くがぶつかる壁だろう。

 日本人は勤勉を美徳とする風潮があり、休むことを罪悪視する面が社会でもスポーツ界でも残っている。「休むこと=前進をやめた」であり、前進のための休養、エネルギーを充電するための休養という考えになり切れない。

 一般社会では考え方がかなり改善されたが、スポーツ界ではあまり変わってはいない。実際問題として、休養を経て復帰し、休養前以上の成績を残した世界トップ選手は数えるほど。レスリングで思い当たる選手といえば、ロサンゼルス五輪で銀メダルを取ったあと約3年間休養し、復帰してソウル五輪でも銀メダルを取った太田章(フリースタイル90kg級)、ソウル五輪の約5年後に復帰しアジア選手権2位になった向井孝博(グレコローマン82kg級)くらい。

 柔道でも、五輪3連覇の野村忠宏がいるものの、「野村が初めてのケース。現役を離れて復帰すると、スピードについていけない。野村は天性の才能があったからできた」(柔道専門記者)のだという。もしかしたら、それが日本人の体質なのかもしれない。

 池松が“前進のための休養”に踏み切れるのかどうか。踏み切る場合でも、世界選手権でいい成績を残してから踏み切った方が、雑音の入り方は違うだろう。それがゆえに、いい成績を残すことが絶対に必要となってくる。もしかしたら、いい成績を残すことで、燃え上がってくれなかった闘志が一気に燃え上がってくれるかもしれない。

 いずれにせよ、全力投球で臨む世界選手権。「初出場した時と気持ちは同じ。慣れとかはありません」。一戦ごとに勝負をかける。


 ◎男子フリースタイル66kg級展望

※出場選手が判明した場合は差し替えます。

 
《ウクライナ》アテネ五輪王者のエルブラス・テデエフ(写真左)は、五輪後は活動してない様子。引退か休養のようだ。代わってアンドレイ・スタドニクが、ことしの2月のキエフ国際大会と3月のワールドカップで優勝し、欧州選手権で3位。実力はありそう。

 
《ブルガリア》アテネ五輪8位のセラフィム・バルザコフが欧州選手権で優勝している。01年の63kg級世界チャンピオンであり、03年は世界2位。世界トップレベルの選手だ。

 《ロシア》03年欧州・世界両チャンピオンのイルベク・ファルニエフは、1月のヤリギン国際大会で優勝したが、欧州選手権は9位に終わった。アテネ五輪3位のマハック・ムルタザリエフ
(写真右)は、6月のアリ・アリエフ国際で優勝し、結果を出した。国内代表争いはどうなるか? 

 
《米国》ケリー・ジャミルがアテネ五輪で銀メダルを取ったが、今年は休養のもよう。03年ワールドカップ優勝のクリス・ボノが代表として出てくる。1月のヤリギン国際大会、2月のセーロ・ペラド国際大会とも上位進出を逃している。一段落ちるか。

 
《その他(欧州)》欧州選手権2位はエルマン・アスガロフ(アゼルバイジャン)、同3位にアルバート・バティロフ(ベラルーシ)が入っている。

 
《その他(アジア)》アジア選手権優勝はバク・ジンクク(韓国)。池松がアテネ五輪で勝ち、アジア選手権で負けた相手。イランは03・04年アジア選手権で池松が1勝1敗のハサン・タフマセビがワールドカップで2位になっているが、H・モハマド・ネヤドがアジア選手権で2位になっている。シドニー五輪王者でアテネ五輪出場のアリ・レザ・ダビールも28歳だけに、まだ引退ではないだろう。誰が出てくるか。

 
《その他(中南米)》03年世界ジュニア王者のジーンドライ・ガルゾン・カバレロ(キューバ)がパンアメリカン王者に輝いた。


 ◎池松和彦の最近の主な国際大会成績

 【2003年デーブ・シュルツ記念国際大会】=4位(22選手出場)

予選1回戦  ○[14−6] Max Shingara(米国)
予選2回戦   BYE
予選3回戦  ○[5−3] John Fisher(米国)
決勝T1回戦 ○[TF5:02=14-3] Adam Tirapelle(米国)
準 決 勝  ●[2−5] Doug Schwab(米国)
3位決定戦  ●[TF5:21=1-12] Gardris Garzon(キューバ)

 【2003年アジア選手権】=
2位(11選手出場)

予選1回戦 ●[3−5] Kim Sung Sil(韓国)
予選2回戦 ○[F1:30=3-0] Yi Wei-chuan (台湾)
予選3回戦 ○[6−0] Sabit Kendybayev (カザフスタン)
敗復1回戦  BYE
敗復2回戦 ○[4−1] Tabaldiev Symenkul (キルギスタン)
敗復3回戦 ○[9−1] Urazimbetov Polot (ウズベキスタン)
準 決 勝  ○[4−2] Bayarmagnaj Norjin (モンゴル)
決    勝  ●[2-3=6:06] Hassan Tahmasebi (イラン)

 【2003年ベログラゾフ国際大会】=
2位

予選1回戦   BYE
予選2回戦  ○[TF5:59=10-0] Aor Ivanov(ロシア)
予選3回戦  ○[不戦勝] Romadin Dmitrii(ロシア)
決勝T1回戦 ○[8−0] Sair Salaytdinov(ロシア)
準 決 勝   ○[3−1] Myrat Anmetov(ロシア)
決    勝   ●[2-3=延長] Ramazan Abdirahomanov(ロシア)

 【2003年世界選手権】=
3位(40選手出場)

予選1回戦  BYE
予選2回戦 ○[F1:47=8-0] Cory Obrien(豪州)
予選3回戦 ○[4−0] Bayanjav Batzorig(モンゴル)
準 々 決 勝 ○[6−2] Nikolaos Loizidis(ギリシア)
準 決 勝  ●[1−10] Irbek Farniev(ロシア)
3位決定戦 ○[6−5] Serguei Rondon Pedroso(キューバ)

 【2004年ヤシャドク国際大会】=
3位(20選手出場)

予選1回戦 ○[4−0] Mucahit Ozturk(トルコ)
予選2回戦 ○[5−0] Abdullah Cakirer(トルコ)
予選3回戦 ○[不戦勝] Baek Jin-Kuk(韓国)
準 決 勝  ●[F3:28=3-4] Levent Kaleli(トルコ)
3位決定戦 ○[6−1] Sulermenov Kyanysli(カザフスタン)

 【2004年アジア選手権】=
優勝(11選手出場)

予選1回戦 ○[6−4] S. Khadibaev(カザフスタン)
予選2回戦 ○[3−1] Polat Urazimbetov(ウズベキスタン)
予選3回戦 ○[Tフォール、4:56=10-0] K. Pavlov(タジギスタン)
準 決 勝  ○[Tフォール、5:37=11-1] R. Kumar(インド)
決    勝 ○[フォール4:20=6-0] Hassan Tahmasi(イラン)

 【2004年マケドニア・パール国際大会】=
2位(7選手出場)

1回戦 ○[F1:08=5-0] Blagoj Trendov(マケドニア)
2回戦 ○[TF1:12=11-0] Nikola Jovanovic(セルビアモンテネグロ)
3回戦 ○[TF1:40=10-0] Sabo Norbert(ハンガリー)
決 勝 ●[6−8] Franezi Lialjzim(マケドニア)

 【2004年ドイツグランプリ】=
2位(15選手出場)

1回戦   BYE
2回戦  ○[7−1] Nikos Loizidis(ギリシャ)
3回戦  ○[8−2] Chris Harada(カナダ)
準決勝 ○[13−4] Christian Graupeter(ドイツ) 
決  勝 ●[1−4] Elman Asgarov(アゼルバイジャン)

 【2004年アテネ五輪】=
5位(21選手出場)

予選1回戦  BYE
予選2回戦 ○[F1:07=3-1] Fred Jesey(ナイジェリア)
予選3回戦 ○[4−3] Baek Jin Kuk(韓国)
決勝T1回戦  ●[2-3=6:25] Leonid Spiridonov(カザフスタン)
5・6位決定戦 ○[6−4] Apostoios Taskoudis(ギリシャ

 【2005年ヤシャドク国際大会】=
12位(28選手出場)

1回戦 ○[2−1(0-1,1-1,1-1)] 金渕清文(日本)
2回戦 ●[1−2(0-1,2-1,3-3)] Kim Dae Sung(韓国)

 【2005年アジア選手権】=
3位(13選手)

予備戦 ○[フォール2P1:10(6-0=1:51,3-0=1:10)] Y.U.Urmat(キルギスタン)
1回戦  ○[2−0(2-0,6-0=? )] Kim In Chol(北朝鮮)
準決勝 ●[フォール2P2:00(0-1=2:22,2-5=2:00)] Baek Jin Kuk(韓国)
3決戦  ○[2−1(0-3,4-1,3-1)] B.Buyanjav(モンゴル)

 【2005年ユニバーシアード】(23選手出場)

予備戦 ●[1−2(2-0,0-1,3-B)] Cakmak Abdullah(トルコ)




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