【特集】世界選手権へかける(7)…男子フリー60kg級・湯元健一





 世界選手権への出場経験がない中から、アテネ五輪で銅メダルを取る快挙を成し遂げた男子フリースタイル60kg級の井上謙二(自衛隊)。だが井上は、世界学生選手権に2度(96・98年)、アジア選手権(99年)に1度、それぞれ日本代表として出場しているし、アテネ五輪前には第2次予選第2ステージにも出場しており(優勝して出場権獲得)、日本代表選手として世界の舞台に出場するのは初めてではなかった。

 今回の世界選手権で同級に出場する湯元健一(日体大)は、カデットとジュニア時代に1度ずつ日本代表の経験があるものの、シニアでは初の日本代表。USAレスリング協会の公式ホームページの同級の予想のページを見てみると、「アテネ五輪銅メダルの井上謙二はその後、(世界の舞台で)戦っていないので、日本からは、若い選手が出てくる可能性がある。アジア選手権3位の小島豪臣か、世界ジュニア選手権3位の高塚紀行か?」という記述があるが、湯元の名前はなし。全くの“無印”で迎える世界選手権となる。

 この夏、全日本チームのポーランド遠征も、介護の教育実習をどうしてもはずすことができずに不参加へ。外国選手と肌を合わせる機会を逃してしまった。実習の期間、練習量は減っており、8月中旬の日体大の草津合宿に参加した時は、体力もレスリングの勘も落ちてしまっていたことを感じた。「正直言って、焦っています」という言葉は、うそ偽りのない言葉だろう。

 しかし練習環境がいい。日体大での練習では、1階級下には今夏五輪V2王者を破った松永共広(ALSOK綜合警備保障)、1階級上には03年世界3位でありアテネ五輪5位の池松和彦(K−POWERS)、そして世界選手権の代表をプレーオフで争ったアジア3位の小島豪臣(前述)らと一緒。3人とも全日本王者なのだから、“毎日が全日本合宿”と言ってもいい厳しさの中で練習しており、この中で鍛えられれば、世界で勝てるレスリングを無意識のうちに身につけられようというもの。

 日本が軽量級で抜群の強さを誇った時代は、「上を見ても下を見ても世界トップ選手がごろごろいる」という状況だった。その中から、世界選手権に初出場であっても一気に優勝できるだけの強い選手が生まれていった。当時ほどの状況ではないにしても、上下に世界トップ選手がいるのは間違いない事実。今の湯元の練習環境からすれば、初出場だからといって恐れるものは何もないはずだ。

 他の日本代表選手と違い、8月下旬の全日本学生選手権と9月16日の全日本学生王座決定戦へ出場したうえで、世界選手権へ臨まねばならない厳しさもある。いくら若いといっても、1か月のうちに3度も心身を高めるのはちょっと過酷とも思えるが、日体大の藤本英男部長は「それで勝てないヤツは、何をやっても勝てないんだよ」と、あえてこの強行スケジュールに挑ませる腹積もりだった。

 現実には、全日本学生選手権で右肩を負傷し、大事をとって準決勝以降を棄権。そのため全日本学生王座決定戦の出場は、現段階では未定だが、けがさえなければこの強行スケジュールが待っていた。これも期待があればこその試練。このハードスケジュールで弱音をあげるような選手なら、世界で勝てるはすがない。世界のトップへ駆け上がった選手は、若いうちにはこうした試練を乗り越えてきた選手ばかりだ。

 本人も「若いですから、タフに戦いたい」と気合十分。五輪翌年は誰が出てくるか見当もつかないので、特別に研究や対策などせず、「思い切って戦うだけ。知られていない分だけ、チャンスは大きいと思います」と、初出場をハンディとは考えていない。

 昨年の全日本選手権では、5人の学生チャンピオンが誕生し、新時代の幕開けかととも思われたが、今回の世界選手権に臨む学生選手は湯元ただ一人。若手選手を刺激し、日本レスリング界に新時代を築くような活躍が臨まれる。


 ◎男子フリー60kg級展望

※出場選手が判明した場合は差し替えます。

 
《キューバ》アテネ五輪王者のヤンドロ・ミゲル・クインタナ(写真左)は、3月のワールドカップでも優勝し、強さをキープ。優勝候補の最右翼だろう。

 
《ウクライナ》アテネ五輪の3位決定戦で井上が破ったバシル・フェドリシンが、2月のキエフ国際大会、4月の欧州選手権、8月のジオルコウスキ国際大会でいずれも優勝している。力を大きく伸ばしていることは間違いない。

 
《ロシア》4月の欧州選手権はアラン・デュダエフが出場して7位だが、1月のヤリギン国際大会、5月のアリ・アリエフ国際大会で優勝している。シドニー五輪王者でアテネ五輪10位のムラト・ウマハノフは活動していないようなので、デュダエフが出てくるか。

 
《イラン》アテネ五輪2位のマスード・モスタファ・ゴカードは、ことしは活動していない様子。3月のワールドカップ銅メダルのベフナム・タイェビ・カルマニ、5月のアジア選手権優勝のS・M・P・カルキ(写真右)、8月のユニバーシアード3位のアッバス・バグラルバギの誰かが出てくることが予想される。

 
《その他(欧米)》欧州選手権2位にほとんど無名だったディディエル・パイス(フランス)が入った。昨年欧州2位だったテフフィック7・オダバシ(トルコ)がユニバーシアード2位へ。米国代表のミカエル・ライトナーはこれといった実績を持っていない。

 
《その他(アジア)》04年アジア選手権優勝のリ・ヨンチョル(北朝鮮)が、ことしのアジア選手権でも2位へ。ソン・ヤエミュン(韓国)は5月のアジア選手権で5位に終わったが、03年世界3位の選手。


 ◎湯元健一の最近の主な国際大会成績

 【2004年アジア・ジュニア選手権】=
3位(9選手出場)

予選1回戦 ○[TF0:59=12-0] Sared Al Qubaisy(アラブ首長国連邦)
予選2回戦 ○[4−0] Uzenbek ulu Urmatbek(キルギスタン)
予選3回戦  BYE
準 決 勝  ●[5−7] Talgat Zhaishenov(カザフスタン)
3位決定戦 ○[F5:50=9-4] Kim Yung Bga(韓国)

 【2005年デーブ・シュルツ杯国際大会】

1回戦 ○[2−0(5-0,2-0)] Jesse Brock(米国)
2回戦 ●[0−2(1-5,1-1)] Josh Moore(米国)

 【2005年ヤシャドク国際大会】(27選手出場)

1回戦 ●[0−2(0-4,1-4)] Eldar Misirov(ロシア)

 【2005年ダン・コロフ国際大会】(16選手出場)

1回戦 ○[2−0(2-0,2-0)] Mustafa Bicer(トルコ)
2回戦 ●[0−2(1-1,0-4)] Koba Kakaladze(グルジア)




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