【特集】世界選手権へかける(20)…男子グレコ84kg級・松本慎吾






 8月28日の「PRIDE GP決勝戦」(さいたまスーパーアリーナ)で、全日本レスリング・チームを代表し、浜口京子(ジャパンビバレッジ)とともに4万7000人を超えるファンの前であいさつした男子グレコローマン84kg級の松本慎吾(一宮運輸)。並の心臓ではできない大観衆を前にした堂々としたあいさつも、この男にとってはさしたる出来事ではなかった。「どうってことはなかったですよ。いろいろ言われましたけど」。

 この夏、松永共広と笹本睦(ともにALSOK綜合警備保障)が世界トップクラスの強豪を破り、世界選手権への期待度が高まったが、常に強気の姿勢でチームを引っ張る松本の存在なくしては、今年のチームに期待する気持ちは半減してしまうだろう。欠いてはならない存在、それがエースの条件。エースとしての期待を背負い、4度目の世界選手権へ挑む。

 昨年のアテネ五輪までは、ハムザ・イェルリカヤ(トルコ)という大きな目標があった。1993年世界選手権を17歳の若さにして優勝。グレコローマンでは、いまだにこの最年少王者の記録は破られておらず、その後、五輪を2度制覇した強豪だ。

 アテネ五輪でも4位に入ったイェルリカヤは4月の欧州選手権では96kg級に出場した(優勝)。このまま階級を上げることが予想される。松本のアテネ五輪の初戦の相手で
(写真右)、02年世界王者、アテネ五輪銀メダリストのアラ・アブラハミアン(スウェーデン)は、今年は休養という情報が入っている。

 追い続けてきた目標がなくなったのは確かだ。しかし五輪で金メダルを取ったアレクセイ・ミシン(ロシア)も、04年2月の五輪第2次予選第1ステージで5点となるリフト技を受けて敗れた相手。その後のドイツ・グランプリででも負けている。同第2ステージでアテネ五輪出場権をゲットした試合で勝ったルイス・メンデス(キューバ)は、今年に入って2月のワールドカップや4月のパンアメリカン選手権ほか、出場した大会はすべて優勝と絶好調。そう簡単に勝たせてはくれまい。

 ことし5月のアジア選手権では、02年アジア大会で勝ったキム・ユンサブ(韓国)にも持ち上げられ、苦杯を喫した。目標とする山は敢然として存在し続ける。今年から北京五輪までの目標を、あくまでも「世界一」と言い続ける松本にとって、よもやライバル喪失による気のゆるみはあるまい。

 8月のピトライスニスキ国際大会は、7月の菅平合宿でコンディションを崩してしまい、それを引きずってしまったこともあって、1勝1敗で結果を出すことができなかった。ベテランの域に入った松本にとって、体調の維持こそが最重要課題であろう。

 大きな反省点だが、得るものも多くあった。「フライングになってもいいくらいのつもりで、一瞬にして上げろ」と言われる俵返しの持ち上げについて、松本は「それもあるけど、研究し、自分の形に持っていける選手が強い」と“反論”。四つんばいの相手をつぶし、ひざを使って(注・あからさまに使っては反則)プレッシャーをかけるなどして「自分の得意なパターンにもっていければ上がる」と言い、必ずしも一瞬の勝負ではないと分析する。ここまで見抜ける聡明な眼力も、松本の実力の一端なのだろう。

 グラウンドの防御は、決して強くはないことは認識している。アジア選手権での1敗は、最初に俵返しを決められてペースを狂わされたものだし、ピトライスニスキ国際大会での1敗も、2度のローリングが敗因だった。世界選手権までの、この弱点をどこまで克服できるか。攻撃力はあるだけに、最初の防御をしっかりと守れるかどうかが、優勝への大きなかぎとなる。

 目標は世界一。ことし初め、初戦で強豪と当たって負けることがあっても3位は狙える新ルールになったことを問われた時、すぐさま「優勝しか狙っていませんから関係ありません」とピシャリ言い切った。エースにふさわしい言動でチームを引っ張ってきた男、松本慎吾。いま、大きな勝負に出る。


 ◎男子グレコローマン84kg級展望

 アテネ五輪2位のアラ・アブラハミアン(スウェーデン)は、今年は休養のもよう。五輪V2(アトランタ五輪・シドニー五輪)でアテネ五輪4位のハムザ・イェルリカヤ(トルコ)は96kg級へアップ。実績のある強豪が抜けている。

 
《ロシア》アテネ五輪金メダルのアレクセイ・ミシン(写真左)が、4月の欧州選手権でも優勝。強さをキープしている。

 
《キューバ》アテネ五輪には出場できなかったものの、99年世界王者のルイス・エンリケ・メンデスが2月のワールドカップとグランマ国際大会、4月のパンアメリカン選手権、6月のドイツ・グランプリでいずれも優勝。絶好調だ。

 
《その他(アジア)》5月のアジア選手権の優勝はキム・インサブ(韓国=写真右)。3月のポーランド・オープンでも優勝している。アテネ五輪代表で同3位のヤナルベク・ケンナエフ(キルギスタン)が、7月の世界ジュニア選手権で優勝している。

 
《その他(欧州)》4月の欧州選手権2位のセルカン・オエズデン(トルコ)は6月の地中海選手権はエジプト選手に負けている。同3位のライマティス・アドマイティス(リトアニア)は、7月の世界ジュニア選手権は22位に低迷。いずれも圧倒的な強さがない。


 ◎松本慎吾の最近の主な国際大会成績

 【2003年デーブ・シュルツ国際大会】=
優勝

1回戦  ○[不戦勝] Ethan Bosch(米国)
2回戦  ○[8−0] James Meyer(米国)
3回戦  ○[10−2] Jake Clark(米国)
準決勝 ○[5−4] Keith Sieracki(米国)
決  勝 ○[5−0] Aaron Sieracki(米国)

 【2003年ドイツグランプリ】=
6位

予選1回戦  BYE
予選2回戦 ○[4−0] Mohammed Babulfath(スウェーデン)
予選3回戦 ○[5−0] Kosta Kostanjevic(クロアチア)
決1回戦   ●[0−5] Alexander Daragan(ウクライナ)

 【2003年世界選手権】=
20位(44選手出場)

予選1回戦 ●[1−4] Hamza Yerlikaya (トルコ)
予選2回戦 ○[TF0:51=10-0] Vitaly Ogulev (豪州)
予選3回戦  BYE

 【2004年アテネ五輪第2次予選第1ステージ】=
14位(28選手出場)

予選1回戦 ●[0−6] Alexej Michin(ロシア)
予選2回戦 ●[0−5] Luiz Mendez(キューバ)
予選3回戦 ○[不戦勝] Filip Soukup (チェコ)

 【2004年アテネ五輪第2次予選第2ステージ】=
3位(20選手出場)

予選1回戦 ○[7−1] Holk Bjoern(ドイツ)
予選2回戦 ○[5−1] Li Daxin(中国)
予選3回戦  BYE
準々決勝  ○[5−3] Mendez Luis(キューバ)
準 決 勝  ●[1−4] Gaghamgan Levon(アルメニア)
3位決定戦 ○[F4-0] Vladislav Metodiev(ブルガリア)

 【2004年ドイツグランプリ】=
4位

予選1回戦  ○[3−1] Nazim Avluca(トルコ)
予選2回戦  ○[TF10-0] M. Fix(ドイツ)
予選3回戦   BYE
決勝T1回戦 ○[5−1] K. Schneider(ドイツ)
準 決 勝  ●[0−7] A. Michin(ロシア)
3位決定戦  ●[0−3] S. Solodkiy(ウクライナ)
 
 【2004年ハンガリーグランプリ】=
5位(13選手出場)

予選1回戦 ○[4-2=6:29] S. Bardosi (ハンガリー)
予選2回戦 ●[2-3=8:59] B. Kiss (ハンガリー)
予選3回戦 ○[8−0] V. Bosznics (セルビアモンテネグロ)

 【2004年アテネ五輪】=
7位(20選手出場)

予選1回戦 ●[0-5=6:07] Ara Abrahamian(スウェーデン)
予選2回戦 ○[7−1] Janabek Kenjeev(キルギスタン)
予選3回戦 ○[3−1] Attila Batky(スロバキア)

 【2005年ポーランド・オープン】=
3位(32選手出場)

1 回 戦  ○[2−0(1-0=2:07,3-0)] Artur Michalkiewicz(ポーランド)
2 回 戦  ○[2−0(4-0,TF7-0=1:11)] Andrzei Jaworski(ポーランド)
準々決勝  ●[1−2(2-0=2:14,0-1,0-3)] Marcin Letki(ポーランド) 
敗者復活戦 ○[2−0(1-0,1-1)] Bartlomiei Pryczkowski(ポーランド) 
3位決定戦  ○[2−0(2-0,1-0)] Nikolay Dikevich(ベラルーシ) 

 【2005年アジア選手権】=
2位(9選手出場)

1回戦  ○[2−1(0-4,3-0,3-0)] Janabek Kenjeev(キルギスタン)
準決勝 ○[2−1(1-2,2Caution-2,4-0)] Magid Ramzani Saroukola(イラン)
決 勝  ●[1−2(TF0-8=1:21,2-1,2-5)] Kim Jung Sub(韓国)

 【2005年ピトライスニスキ国際大会】(26選手出場)

予備戦 ○[2−0(5-1,5-1)] Jim Petterson(スウェーデン)
1回戦  ●[0−2(0-2,4-5)] Melonin Noumonui(フランス)




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