【特集】妹のつまづきを乗り越えて金メダル獲得…女子51kg級・坂本日登美






 金メダルを首にかけた女子51kg級の坂本日登美(自衛隊)は、隣に並ぶ妹を見つめながらほほを緩めた。

 「ここに戻ってこられたことがうれしいです。真喜子の力があってこそ、ここまでこられたんだと思う」

 2人で世界チャンピオンになることが世界選手権の目標だった。が、妹である48kg級の真喜子は準決勝で中国選手に敗北。その光景は、マットの下から目にしていた。数分後には、準決勝のカナダ戦が迫っていたが、肩を落とす妹の後ろを追うようにして、白いタオルを顔に当てた彼女は涙していた。

 「ここで日登美が弱い気持ちになったらダメだよ」。下を向く日登美に藤川コーチは声をかけた。お前が勝つことが真喜子のためになるよ、ここで弱気になってどうするんだ……。

 日登美が振り返る。「2人で世界チャンピオンになるのが目標だったので、妹が負けたときはさすがに…でも、気持ちを切り替えて臨みました」

 その準決勝は、持ち前の正確なレスリングで着実にポイントを重ね、2ピリオドをテクニカルフォール勝ちし、2−0で快勝。決勝
(写真下)のバネッサ・ブブライム(フランス)は、1月のヤリギン国際大会(ロシア)で1ピリオドを奪取された選手だったが、今回は1ピリオドでフォール勝ちした。

 「相手は組まないで飛び込んでくると分かっていたので、そこで入っていこうと思ったら、うまい具合にタイミングが合って飛び込んでいけました。意外と接戦になるんじゃないかと思っていたんですが、あっさりでしたね」

 1回戦からパーフェクトなレスリングをやってくれた、と藤川コーチは振り返る。金メダル獲得の秘訣は「安定感のある構え」にあると分析した。「彼女は体幹が非常に強いから、しっかりと構えることができる。失点も少ないし、ひとつひとつ正確に入っていけるレスリングができる」

 初めて世界選手権に出場したのは2000年、19歳のときだった。今大会の世界選手権は4年ぶり3度目の出場となる。キャリア十分のベテランだが、「試合前はすごく緊張した」と話している。ヒザの手術、自らの階級が五輪種目から外れる不運……、アテネ五輪を前にして、地元・青森へ帰りマットを離れた時期もあった。

 「55kgに上げても沙保里に勝てないし、48kgに下げても妹に勝てない。もう自分は優勝することができないんだと思い込んでいました。マイナス思考でした」

 それだけに優勝は「4年前の優勝よりもすごくうれしかった」と話す。当然、最終目標はここではない。北京五輪で女子の階級が増えるかどうかはわからないが、現状のままでも戦っていく覚悟はある。

 「もし51kg級が入らなければ、55kgに上げるつもりです。それでもし五輪に行けなかったとしても、挑戦することに意義があると思う」。祝福の花束と赤いベルトを抱えながら、世界チャンピオンは宣言した。世界の舞台に天才レスラーが戻ってきた。

(取材・文=三好えみ子)




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