【特集】大橋正教の目「メルニクの噛み付きに勝利への執念を見た!」…世界選手権第3日





 坂本日登美選手が圧倒的な強さで4年ぶりに金メダルを獲得。広いブダペスト・スポーツ・アリーナに君が代が鳴り響きました。アリーナ中央にあるオーロラ・ビジョンには、君が代が鳴り響いている間、表彰台の坂本の顔と決勝戦の試合が交互に流れ、相手をフォールに下してセコンドの藤川コーチのもとへ駆け寄る坂本の顔がアップで流れました。

 とてもいい顔をしていました。満面の笑み。それを見つめる本人の脳裏には、けがや51kg級が五輪種目に採用されないことによる落ち込みなど、この4年間のいろんな思いが流れたと思います。どん底からはい上がりました。過去を清算する執念の優勝でした。この感動を忘れず、これからも頑張ってほしいと思います。

 技術的にも試合に対する集中力も、文句のつけようのないほど素晴らしいものでした。努力してきたかいがあったと思います。今回の優勝はなかなか崩されず、カウンターもしっかりできる。離れてよし、組んでよし。しばらく世界で勝ち続けることができるでしょう。

 坂本真喜子選手は金メダルを狙っていただけに、銅メダルでは不本意だったかもしれません。しかし2回目の世界選手権で銅メダル獲得は立派ではないでしょうか。タックルが一気に抜けた場合はいいのですが、相手のデフェンスでいったん止まってしまった場合の処理の仕方が今後の課題だと思います。まだ技術改良の余地がある段階での3位なわけですから、これを克服すれば、まだまだ伸びると思います。

 決勝の中国とウクライナの試合を見ていると、体力があるというより体幹、つまり体の芯がしっかりしていると感じました。正直なところ、坂本選手はこの面で2選手に劣っていると思います。腕力や脚力をつけるのではなく、体そのものの体力をつけなければ、1、2位の選手といい試合をしても、勝つことはできないと思います。このあたりも今後の課題と考えられます。

 田中章仁選手は十分に勝てる試合でした。第1ピリオド、ラスト1秒か2秒で取られてしまったわけですが、守りに入ってしまったのではないでしょうか。第2ピリオドは腕取りから相手のタックルを誘い、タイミングのいい飛行機投げを決めました。すばらしいテクニックだと思いますが、第3ピリオドを取られ、勝つことができませんでした。

 もったいない試合でした。体力的には外国選手に劣るということは分かっています。その状態で勝つためには、相手の横につくということを心がけなければならないでしょう。2分2ピリオド、あるいは2分3ピリオド、常に相手の横について攻めることができなければ、体力的に世界で勝ち抜くことはできないでしょう。

 あとひとつ、この日の試合で印象に残ったことが女子48kg級の試合でありました。アテネ五輪金メダリストのイリナ・メルニク(ウクライナ)が巻き投げを失敗して押さえ込まれた時、相手の中国の選手の肩にかみついたのです。中国選手の肩には、くっきりと歯型が残っていました。

 勝利への執念を感じました。かみつくことは反則ですし、これを薦めようとは思いません。しかし人間、本当に必死の思いになった時、ついうっかり相手にかみついてしまうことはあります。メルニクは生きるか死ぬかという命をかけた思いでマットに上がっていたのだと思います。ここまでの気持ちでマットに上がらなければ、世界の舞台では勝つことはできません。

 さすがはオリンピック・チャンピオンです。この執念は、日本選手も絶対に見習うべきだと思います。

 大橋正教 1964年12月7日、岐阜県生まれ。岐阜一高から山梨学院大へ。大学時代、のちにソウル五輪に輝く小林孝至選手に土をつけた唯一の選手。89年のアジア選手権グレコローマン48kg級2位のあと、92年アジア選手権で優勝。同年のバルセロナ五輪代表へ。現在はALSOK綜合警備保障監督。



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