【特集】「思い描いていた通りのレスリングができました」…藤川健治コーチ





 けが、51kg級が五輪に採用されない苦しみ…。心身双方の困難にぶつかり、一時はマットを離れた坂本日登美(自衛隊)。どん底からはい上がって世界一に返り咲いた。昨年1月から指導をしている藤川健治コーチ(自衛隊女子監督)に坂本選手の優勝を振り返ってもらった。


 ――坂本日登美選手の闘い、いかがでしたか?

 
藤川 準決勝で戦った中国選手を注意していた。(坂本とやる前の試合で)手をにぎって前へ落とし、それから正面タックルを決めるシーンがあった。いくら坂本とはいえ、ふところに入られてしまったらタックルを決められると思ったので、前さばきで負けないで絶対に中へ入れるな、と指示した。決勝のフランス選手は手足の長い選手。手が引っ掛かったら一気にポイントを取るタイプ。1月のヤリギン国際大会で坂本もやられた。手をかけられても、確実に腰を引いて深く取らせないことに注意しろと作戦をさずけた。結果として、私も本人も描いていた通りのレスリングができた。すべての試合、見ていて不安はなかった。すべて日登美のよさが出たと思う。

 ――内容すべても最高だったと。

 
藤川 4年ぶりの復活劇も含め、すべてが最高の内容だった。一番評価したいのは、集中力の高さだった。真喜子が負けた時、かなり動揺したと思うが、気持ちを切り替えて準決勝に臨むことができたことだし、精神的な強さがあった。

 ――3回戦の中国戦で1失点があった。

 
藤川 カウンターで取られて、場外へ出されてしまった。日登美の失点は、攻め切れずにふっと気がゆるんだ時に取られるパターンが多い。構えた状態での攻防で取られることはまずない。この大会の唯一の反省点だろう。まあ、1点で押さえて、すぐに反撃して逆転したのでよしとしたい。

 ――最初に指導を始めたとき(2004年1月)から今までで、どのくらい成長したか。

 
藤川 最初に会った時は体重が70kgを超えていたし、スパーリングをやってみて、体力も動きも落ちていた。本当に世界を2度取った選手なんだろうか、と思った。そんな状態から、本人の気持ちが高まっていくにつれ、どんどん力を取り戻していった。レスリングに対してひたむきで、妥協しない。男子顔負けの練習でも、決して弱音をはかなかった。そのあたりが復活できた要因だと思う。

 ――首3つ、4つ飛び抜けての優勝だったと思うが、しいて今後の強敵を挙げるとすれば、誰か。

 
藤川 中国が一番怖い。日登美のレスリングさえできれば怖くはないが、ひとつでも歯車が崩れれば、どうなるか分からない。組んでくるレスリングをする選手は要注意だ。大会前はメルニク(ウクライナ=アテネ五輪48kg級金メダリスト)が要注意としていた。メルニクは2年前の世界選手権のあと、スタイルが変わり、左腕を差してからの攻撃をしていたので、差された時の対策をやってきた。それはそのまま真喜子に引き継ぐが、私の頭の中では(48kg級も)メルニクより中国の方に怖さを感じる。

 ――気が早いが、女子の実施階級が増えなかった場合、北京五輪ではどの階級に出すのか。

 
藤川 55kg級です。

 ――それをふまえて、今後はどういう練習をさせていくのか。

 
藤川 まだ、いっぱいの状態でやっているわけではなく、伸びしろは十分に残っている。体幹の強い選手で、構えがしっかりしていてデフェンスも強い。いろんな方向に攻撃できる力もある。もう少し前へのプレッシャーをかけることができれば、さらにいろんな攻撃ができる。そうした練習をさせていきたい。

 ――51kg級では、国内で今回のどの選手よりも強力なライバル(伊調千春)が控えている。今回の優勝は、精神的な優位にはなるか。

 
藤川 そうなると思います。今回の優勝は最終到達点ではない。北京へ向けてのまだ通過点。大きなステップとなり、これから頑張るエネルギーになると思う。




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