【特集】大橋正教の目「世界選手権の舞台で“練習”した吉田」…世界選手権第4日






 ブダペスト・スポーツ・アリーナに君が代が3度、鳴り響きました。最後の試合は正田絢子と地元ハンガリー選手の試合。まだ世界選手権で金メダル獲得のないハンガリーは、地元の選手を必死に応援しましたが、その応援をあざ笑うかのように正田が快勝。観客は日本の強さに「なすすべなし」といった雰囲気でした。

 最初に登場した55kg級の吉田沙保里は、私が監督を務めるALSOK綜合警備保障の所属の選手です。しかし練習は中京女大でやっており、栄和人監督に指導をお願いしています。栄監督を全面的に信用していますので、そう大きな不安はなかったのですが、世界選手権の舞台では何があるか分かりませんので、私も緊張しました。

 吉田も最初は少し力みがあり、動きが悪いように見受けられました。得意の正面タックルにいかず、片足タックルで攻めることが多かったです。決勝戦は吉田らしいスピードあるタックルが決まりましたね。

 このタックルを決勝まで温存していたのでしょうか。じっくり考えて見ると、片足タックルの多用は、ワンランクアップするための“実践練習”をしたのかな、と思いました。試しているというのは、ちょっと表現は悪いのですが、練習で使えるからといって試合で使えるものではありません。世界選手権という世界の強豪が集まる舞台で使えてこそ本物です。練習の成果を試してみたような気がします。

 今回は必ずしも100発100中ではありませんでしたが、今回の“実践練習”を経て、来年はもっと数多く決まるようになるのではないでしょうか。連覇のプレッシャーにも負けずに勝ち抜けましたし、今回の優勝で一段も二段も上へ行けたと感じました。

 それにしても世界選手権の場で技を試すというのですから、本物の実力がなければなりません。アテネ五輪のあと、さらに強くなったような気がします。ここまで成長させてくれた栄監督には感謝の気持ちでいっぱいです。栄監督からは「おめでとう」と声をかけていただきましたが、私の方から「おめでとう。ありがとうございます」と言いたい気持ちでいっぱいです。

 正田選手は、坂本日登美選手と同じで、どん底からはい上がっての世界一復帰でした。表彰台で涙を流していた正田選手の姿を見て、ジーンときました。ひとつだけ気になったことは、3回戦のノルウェー戦でのことですが、抱え込むようなレスリングをされ、もつれながらポイントへつなげましたが、ちょっと攻めあぐんだことです。

 外国選手は低く構えてタックルに入ってくる選手ばかりではありません。グレコローマン的に攻めてくる選手も少なくありません。そうしたタイプの選手とどう闘うかが今後の課題となるでしょう。決勝は最高の試合でしたね。

 伊調馨は初戦のサラ・マクマン(米国)戦が勝負でした。ここで豪快な3点のタックルを決めましたが、この先制タックルを見た時、優勝を確信しました。組み手はしっかりしていますし、先制攻撃力さえしっかりしていれば、カウンター攻撃もできるし、うまく逃げ切ることもできる。

 昨年まではスロースターターと言われましたが、見事に先行逃げ切り型にチェンジできたようです。まだまだ強くなると思います。

 大橋正教 1964年12月7日、岐阜県生まれ。岐阜一高から山梨学院大へ。大学時代、のちにソウル五輪に輝く小林孝至選手に土をつけた唯一の選手。89年のアジア選手権グレコローマン48kg級2位のあと、92年アジア選手権で優勝。同年のバルセロナ五輪代表へ。現在はALSOK綜合警備保障監督。



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