【特集】「見守ってくれた両親に恩返しができた」…正田絢子・一問一答
(表彰式直後の組織委員会オフィシャル・インタビュー)
――6年ぶりに君が代を聞いた今の気持ちは?
正田 本当にうれしいです。
――6年間の辛かったことを思い出した?
正田 やめたいと思った時もあったし…(涙がこぼれる)、それだけに、長かったけど、続けてきてよかったな、と思います(号泣)。
――この優勝を誰に最初に伝えたいですか。
正田 今まで、いろんな人に支えてもらいました。その人たちに伝えたいと思います。
――決勝は吉田、伊調と金メダルが続き、その後に試合をすることのプレッシャーは?
正田 ありましたけど、きょうは全部君が代って決めていたし、周りもそう言ってくれていた。プレッシャーというより、やらなきゃならないって気持ちの方が強かった。
――相手が地元の選手だという影響は?
正田 逆に、地元にやってたまるか、という気持ちでした。
――これから北京五輪までの予定は?
正田 勝ちます! ずっと!
(ドーピング検査終了後)
――6年ぶりの優勝振り返ってください。
正田 うれしいの一言です。いろんな人に支えてもらってここに来ることができたわけで、恩返しができてよかったです。
――優勝の直後、大泣きしましたね。
正田 4−0になって、あと2点。もうローリングしかないって思い、声を出しながら回しました。決まったのに、すぐに笛がならず、「え、まだあるの?」って思って。でもセコンド見たら喜んでくれたので、ホッとしました。
――直後、マットに顔をうずめて2,3秒動きませんでしたが、何を考えていたのですか?
正田 うれしすぎて…。真っ白で何も考えられませんでした。
――6年間は長かったと思う。何を一番思い浮かべたか。
正田 両親に一番迷惑をかけましたので…。高校の時から親元を離れていて、でも、いつも裏で支えてくれていた(目から涙がこぼれ落ちる)。まだ何も恩返ししていないので、ちょっとは恩返しできたかなと。
――初任給をもらってからも、何も贈らなかった?
正田 (笑)。(使うことが多くて)いっぱい、いっぱいで…。ちょっとたまったら、贈ろうかな、と思います。
――6年間で一番辛かったことは?
正田 (右肩を)手術した時です。その時に女子のオリンピック種目入りが決まり、いま、自分がここにいていいのかな、と。でも体は動かないしい。「動かせるところを動かせばいいよ、またできるんだから」と励ましてくれる人がたくさんいて、とても心強かったです。
――毎日筋トレだった?
正田 走っても、肩が動かせないからバランスが悪くなって、腰にきてしまうんです。片手でできることといえば、限られてくるんです。筋トレしかなかったんですね。
――アジア・チャンピオンにはなっても、世界選手権には出られませんでしたね。
正田 世界選手権への壁が高かったですね。でも、やっと、その壁を越えることができました。
――いずれは63kg級に戻し、伊調馨選手に挑戦するための基礎づくりという気持ちがあったと思いますが。
正田 ええ。今回の優勝は大きな自信になり、また頑張ろうという気持ちになりました。
――63kg級へ戻すタイミングは?
正田 まだ決めていません。体が小さくなっているので、できるだけ早く戻すつもりですが、59kg級で3年連続世界一になるのも悪くない。