【特集】「今回は負けを認めます」と言い、来年の復活にかける…女子72kg級・浜口京子






 世界一奪還、そして6度目の世界一という偉業達成の思いを胸にハンガリー・ブダペストへ乗り込んだ72kg級の浜口京子(ジャパンビバレッジ)が、決勝のマットでその野望を打ち砕かれた。試合終了まで「自分が勝っている」と思った試合だった。相手のアイリス・スミス(米国)が大喜びでセコンドに駆け寄っていくシーンを見て、浜口は何が何だが分からなくなっていた。

 ピリオド・スコア1−1のあとの第3ピリオド。浜口は正面から胴タックル。そのまま場外際まで押し込み、場外へ出すことでの1点を狙った。スミスは突き落とし気味に浜口の体をかわし、両者がもつれて場外へ出た。レフェリーは浜口に1点を挙げた。ジャッジは米国の1点。チャーマンが2審判を呼び寄せビデオチェック。この間、浜口はスミスと向き合い、壮絶なガンつけをしていた。

 ビデオチェックが終わり、スミスの1点と判定されて試合が再開した。しかし、レフェリーが青のリストバンドを挙げたシーンを見て「自分にポイントが上がった」と思い込み、その後、ガンつけ合戦を演じていた浜口は、ポイントを確認することを忘れ、自分が1点をリードしていると思いこんで、スミスと向き合った。

 残り1分10秒で1点を取らなければ負ける。だが浜口の動きは、リードしている選手のそれだった。セコンドのアニマル浜口コーチと金浜良コーチが「攻めろ! 1点だ!」と力の限りに声を張り上げるが、浜口は動かない。掲示板の時計が0になった直後、スコアボードを見てぼう然とする浜口がマットの上に立っていた。

 試合直後に始まる表彰式へ連れていかれた浜口の後ろ姿を見ながら、マットサイドでは金浜コーチほか役員、さらには日本から来た多くの報道陣の間に、「ポイントを間違って考えていたんじゃない?」という言葉が交錯した。ラスト1分10秒の動きと、試合が終わったあとスコアボードを見た浜口の「エッ!」という表情は、だれの目にも浜口の勘違いを推察させた。

 表彰式では、先に1位の場所に上がっていたスミスに握手を求め、3位までの4選手とともに、笑顔でカメラマンに向き合った。アテネ五輪の表彰式と同じで、さわやなか笑顔を見せていた浜口。だが、ドーピング検査が終わり、父・アニマル浜口コーチのもとに帰ってきた浜口の目からは、大粒の涙がとまらなかった。

 「ポイントを勘違いしていました。こういうところ、直さなければいけませんね」。アテネ五輪の準決勝と同じようなポイントの計算ミス。アニマル浜口コーチが「物覚えが悪い子でね」と口をはさむと、浜口は涙が消えて照れ笑いが浮かべ、「やらなければならないことが発見できました」と明るく振る舞った。

 スコアボードのスコアは全く見ていなかったという。セコンドの声は、耳には入っていても、その意味を判断する力はなかった。世界一を目の前にして、冷静さが欠けていたのだろう。「守ってしまいました…」と、1点をリードした(と思い込んだ)段階から逃げ切るファイトになってしまったことも、反省材料のひとつに挙げる。

 残り時間が1分10秒の段階では、守り切るのではなく、「もう1点取る」という気持ちが必要。そうした気持ちになって攻撃していれば、ポイントを勘違いしていたとしても、1−1となってラストポイントで勝利を手にすることができたはずだ。

 アニマル浜口コーチが「自分のレスリングをすれば、勝てるんだ。きょうは自分のレスリングができなかった。だから負けた。自分のレスリングがいつもできるように、また来年まで、頑張ればいいんだ」と叱咤(しった)激励する。さらに「不器用なんです。でも、不器用だからこそ、世界チャンピオンを目指して頑張るんです。こんな親子がいてもいいでしょう」と続けた。

 3回戦で、アテネ五輪で戦った王旭ではないものの中国代表選手(王嬌)に勝った。準決勝ではアテネ五輪4位のサヤエンコ(ウクライナ)戦に快勝。準決勝までは失点0という完ぺきなレスリングを展開していた。決勝の相手のスミスは、5月のワールドカップでフォール勝ちした相手。この段階で、浜口のV6はかなりの確率と考えられた。

 しかし、これが勝負の厳しさ。「スミスは前回の時とは比べものにならないほど強くなっていました。今回は負けを認めます」。そう言い切った浜口。00年に世界一から転落した時は、3位、4位と下がって、そこからはい上がった。今回は3位、2位と順位を上げている。あの苦しさを耐え抜いて世界一にカムバックした浜口が、今回の試練を乗り越えられないわけがない。

 坂本日登美(51kg級)と正田絢子(59kg級)の、どん底からの復活劇は、私たちの涙腺を限りなくゆるめてくれた。感動のドラマがあった2005年世界選手権。来年の復活劇の主役、それは浜口京子しかいない。

(取材・文=樋口郁夫)




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