【特集】瀬戸際からの生還! 5年ぶりの美酒…日体大




 リーグ戦独特のムードが充満していた駒沢体育館のファイナル試合。チームスコアが3−3となったことで、異様な空気が日体大と日大のマットの上で交錯した。

 雌雄をかけてマットに上がったのは、名伯楽の父を持つ米山祥嗣(日体大)と京都・網野高校時代に10個の全国タイトルを取り、昨年は1年生の大学王者に輝いた松本真也(日大)。チームスコア1−3から3−3へ追い上げた流れを受けた米山も、場慣れしている松本も、ともに気合十分。そんな両者の表情が、観客席の応援をますますヒートアップさせた。

 試合も1ポイントを争う接戦となった。3−3、2−2といった“相打ち”の技が続き6−6でラスト1分を切った。ここで米山の仕掛けた技で松本の体が一回転。肩の返りが微妙で、当初の判定は0点。猛抗議する日体大の安達巧監督。後で「あれはいけませんね」と反省していたが、チェアマン席へも詰め寄って強烈に抗議。必死に戦う選手のためにも、じっとしてはいられなかった。

 ビデオ判定の結果、米山の2点が認められると日体大ベンチと応援席が沸き返った。米山が新たに1点を加えて終了のホイッスルを聞くやいなや、控え選手もフロアへ降りてきて、もみくちゃの中で歓喜の抱擁。あちこちで選手が抱き合い、涙であふれるほほを覆う選手が後を絶たず、その輪の中に安達監督が引きずりこまれ、その体が2度、3度と宙に浮いた。

 下馬評では、昨年の覇者・日大の2連覇という声が圧倒的だった。事実、一部A組を7連勝し、内訳でも46−3という圧勝で勝ち上がって強さを見せた。日体大との決勝も、日大が2勝を先取。60kg級では1年生の高塚紀行(茨城・霞ヶ浦高卒)が殊勲の白星をマークし、ムードは最高だった。

 だが、過去22回優勝を誇る王者は、こんな状態でも死んでいなかった。安達監督は「正直言って、小島(60kg級)加藤(74kg級)の2人がやられ、あきらめの気持ちが出てしまったんですよ」と頭をかいたものの、選手の目はこの瀬戸際の状態になっても死んでいなかった。昨年は2試合しか出場がなく(うち1試合は不戦勝)4年生の今季に戦力となった岩見谷智義(84kg級)が1ポイント差で勝って劣勢の流れを止め、学生王者の森山政秀へつないだ。

階 級  日    大 ● 3 − 4 ○  日  体  大
55kg級 斎藤 将士C TF5:45=10-0   久安 保史A
60kg級 高塚 紀行@ 3−2=7:48   小島 豪臣B
66kg級 秋本 直樹A   0−3 鍋久保 雄太C
74kg級 中筋 祐太C 5−0=6:06   加藤 陽輔C
84kg級 山縣 養一@   4−5 岩見谷 智義C
96kg級 中村 友之C   1−5 森山 政秀C
120kg級 松本 真也A   6−9 米山 祥嗣B


 「選手のあきらめない気持ちに助けられました。あんな気持ちになった自分が恥ずかしい」という安達監督。最後の猛烈なな抗議は、あきらめかけてしまった自分への怒りがエネルギーだったのかもしれない。

 学生の試合では、いつも本部席に座り冷静に試合を見ている藤本英男部長も、この試合ばかりは時にマットサイドに足を運び、歓声にかき消されないような大きな声でアドバイスを送った。「久しぶりのリーグ戦優勝。涙が出るほど(出た?)うれしい」と声もうわずる。かつての常勝軍団の長は、国内では勝つことが当たりまえなため、教え子が五輪選手に決まるといった時ですら、うれしさを心にしまい表向きには平静を保っている。しかし、この勝利は違った。「勝ってうれしい、と思ったのは、久しぶりだよ」と声も震え、手放しに選手の健闘をねぎらった。

 日体大は1979(昭和54)年から96(平成8)年まで18年連続優勝、1年おいて98・99年に優勝しており、リーグ戦では勝つのが当たりまえだった。しかし、99年から山梨学院大に連覇され、拓大、日大に王座を明け渡して4年間優勝と縁がなかった。昨年、「リーグ戦優勝」の味を知っている選手がいなくなった。「伝統の力で勝った」とは言わせない。優勝を知らない選手の力の結集で勝ったV23だった。

 日大の下級生が充実しているので、ことし優勝できなかったら、また2、3年は厳しかったかもしれない。“負けぐせ”がついてしまうと、それを取り除くのには大きなパワーがいる。今回の優勝は、日体大が再び学生レスリング界の常勝軍団に復活するのにはかり知れないほどの価値ある優勝だったかもしれない。

 安達監督は「選手の踏ん張りには満足しているけど、そこに至るまでの内容は決してよくなかった。インカレへ向け、しっかり強化したい」と言う。常勝軍団の再建は、始まったばかりだ。(取材・文=樋口郁夫)


    

    




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