【特集】アテネ五輪にかける(9)…グレコローマン84kg級・松本慎吾



 運命の糸―、というとやや大げさだが、レスリング界には不思議な糸でつながれているかのような組み合わせがときに起こってしまう。高田裕司専務理事が現役の時、1978年世界選手権の初戦でアナトリー・ベログラゾフ(ソ連)に敗れて4年間守った世界一を転落したが、翌79年もそのベログラゾフと初戦激突という組み合わせだった。あたかも高田専務理事のリベンジ魂を神様が受け入れてくれたかのように。

 あのアレクサンダー・カレリン(ロシア)のシドニー五輪での1回戦も、その時の最大のライバルと目されていた欧州2位のセルゲイ・ムレイコ(ブルガリア)だった。

 グレコローマン84kg級の松本慎吾(一宮運輸)は、2002年世界選手権で五輪V2のハムザ・イェルリカヤ(トルコ)と激突。0−3で敗れたものの、3失点のうち2失点はエスケープポイントによる失点で、実際に技を受けての失点は1点だけという大善戦を演じた。「勝てる」。この時、松本は間違いなくこうした気持ちを持ったはずだ。五輪V2の選手を破ることは、世界一を手にすることと等しいわけで、イェルリカヤ打倒に情熱を燃やすのは当然だろう。

 その気持ちが通じたかのように、翌年の世界選手権もイェルリカヤが1回戦で立ちはだかった。再び大激戦。パッシブを受けても強いパーテールポジションの防御を見せてポイントをやらない松本。イェルリカヤ得意の俵返しもうまく切れた。しかし両選手がほぼ同時に倒れたところで松本が返され、イェルリカヤが2点を獲得。この先制点で余裕をもたれ、1−4で惜敗した。

 あと一歩で勝てる。松本は「今度もイェルリカヤと初戦で当たりたい」ときっぱり口にする。イェルリカヤは時に96kg級に出るほどの体格をしており、84kg級では減量がきつい。減量明けの初日の第1試合の方が「つけ入るすきがある」という戦略もさることながら、あと一歩まで追い込みながら乗り越えられなかったもどかしさを晴らさなければ悔いが残るという気持ちも当然あるだろう。

 ほかにも、アレクセイ・ミシン(ロシア)に今年だけで2連敗している借りを返さねばならない。負けたのは、いずれも相手の攻撃を1回守り切れなかったがゆえ。ばてていても勝負どころで爆発的な力で攻めてくる外国選手の攻撃パターンをしのぐことが、勝利への道。「自分から攻めて最初にパッシブを取ることでしょう。後半のスタミナ勝負にもつれれば、外国選手は弱いです」と、先手必勝の作戦を実行することができるか。

 2002年釜山アジア大会で、男子で唯一金メダルを取った松本も、五輪出場を決めたあとは、周囲からの期待がすごく、経験のないプレッシャーを感じたという。しかし「今は開き直って、楽しみながらやっています」と、重圧を意識しない努力をしている。「スポーツをやっている以上、オリンピックの舞台に立ちたかった。世界中の人が注目している。アジア大会でセンターポールに日の丸を揚げた時、本当に気持ちよかった。あの感動をもう一度味わいたい」。早くオリンピックのマットに上がりたいという気持ちでいっぱいのようだ。

(取材・文=樋口郁夫、
写真は7月21日、菅平


◎グレコローマン84kg級の強豪と永田克彦の対戦成績

 1993年にグレコローマン最年少の17歳で世界チャンピオンに輝いたハムザ・イェルリカヤ(トルコ)が五輪3連覇を狙う。しかし最近3年間は世界一がなく2002年世界王者のアラ・アブラハミアン(スウェーデン)に分が悪い。2001年世界チャンピオンのムハラン・バクタンガーゼ(グルジア)、2003年世界チャンピオンのゴチャ・チチアシビリ(イスラエル)とともに金メダルを争う。

 ほかに2003年欧州1位のアレクセイ・ミシン(ロシア)、2002年世界3位のモハマド・ファター(エジプト)あたりがメダル戦線にからんできそう。

 松本は02・03年の世界選手権でイェルリカヤに0−3、1−4で敗戦。ミシンにも2連敗など分は悪いが、内容的には大きく劣っていない。今年6月には、五輪代表ははずれたが04年欧州王者のトルコ選手に勝つなど実力を伸ばしているのは期待できる材料だ。
(右写真は2002年世界選手権でイェルリカヤと戦う松本)

 ※松本慎吾の最近の国際大会成績 → クリック


◎グレコローマン84kg級出場国と出場が予想される選手

03年世界選手権1位 
イスラエル(Gocha Ziziashvilly)
03年世界選手権2位 
スウェーデン(Ara Abrahamian)
03年世界選手権3位 
スロバキア(Atilla Batky)
03年世界選手権4位 
ノルウェー(Fritz Aanes)
03年世界選手権5位 
米国(Brad Vering)
03年世界選手権6位 
グルジア(Muhran Vakhtangadze)
03年世界選手権7位 
トルコ(Hamza Yerlikaya)
03年世界選手権8位 
ベラルーシ(Viachaslav Makaranka)
03年世界選手権9位 
フランス(Melonin Noumonvi)
03年世界選手権10位
エストニア(Tarvi Thomberg)
二次予選(1)1位   
ロシア(Alexei Michine)
二次予選(1)2位   
ウクライナ(Alexandre Daragan)
二次予選(1)3位   
イタリア(Andre Minguzzi)
二次予選(1)4位   
キルギスタン(Ganarbek Kenjaev)
二次予選(1)5位   
エジプト(Mohammed Abd El Fatah)
二次予選(2)1位   
イラン(Behrouz Jamshidi)
二次予選(2)2位   
アルメニア(Levon Gaghamgan)
二次予選(2)3位   
日本(松本慎吾)
二次予選(2)4位   
ブルガリア(Vladislav Metodiev)
開  催  国     
ギリシャ(Dimitrios Avramis)


◎2000年シドニー五輪〜2003年世界選手権成績

 ※各種成績は、ここをクリック(pdfファイル)

 【2000年シドニー五輪】=85kg級

 ▼決勝トーナメント1回戦
Hamza Yerlikaya(トルコ)○[5−0]●Luiz Enrique Mendez Lazo(キューバ)
Muhran Vakhtangadze(グルジア)○[6−5]●Valery Tsilent(ベラルーシ)

 ▼準決勝
Hamza Yerlikaya(トルコ)○[3−0]●Muhran Vakhtangadze(グルジア)
Sandor Istvan Bardosi(ハンガリー)○[4−1]●Fritz Aanes(ノルウェー)

 ▼5・6位決定戦
Valery Tsilent(ベラルーシ)○[4−0]●Luiz Enrique Mendez Lazo(キューバ)

 ▼3位決定戦
Muhran Vakhtangadze(グルジア)○[4−0]●Fritz Aanes(ノルウェー)

 ▼決勝
Hamza Yerlikaya(トルコ)○[3-3=9:00]●Sandor Istvan Bardosi(ハンガリー)

 
【2001年世界選手権】=85kg級

 ▼準々決勝
Muhran Vakhtangadze(グルジア)○[3−2]●Martin Lidberg(スウェーデン)
Alexander Daragan(ウクライナ)○[3-2=8:32]●Sandor Istvan Bardosi(ハンガリー)
Matt James Lindland(米国)○[Tフォール、1:58=11-0]●Evgeny Erofailov(ウズベキスタン)
Alexander Menshikov(ロシア)○[3−2]●Luiz Enrique Mendez Lazo(キューバ)

 ▼準決勝
Muhran Vakhtangadze(グルジア)○[3−0]●Alexander Daragan(ウクライナ)
Matt James Lindland(米国)○[6−2]●Alexander Menshikov(ロシア)

 ▼3位決定戦
Alexander Daragan(ウクライナ)○[3-2=6:33]●Alexander Menshikov(ロシア)

 ▼決勝
Muhran Vakhtangadze(グルジア)○[2-1=9:00]●Matt James Lindland(米国)

 
【2002年世界選手権】

 ▼準々決勝
Mohamad Abd El Fatah(エジプト)○[5−1]●Bradley Vering(米国)
Alexander Menshikov(ロシア)○[5−0]●Bojan Mijatov(ユーゴ)
Ara Abrahamian(スウェーデン)○[3−0]●Hamza Yerlikaya(トルコ)
Levon Geghamyan(アルメニア)○[3-0=6:11]●Gotcha Tsitsiashvili(イスラエル)

 ▼準決勝
Alexander Menshikov(ロシア)○[Tフォール、5:56=10-0]●Mohamad Abd El Fatah(エジプト)
Ara Abrahamian(スウェーデン)○[6−0]●Levon Geghamyan(アルメニア)

 ▼3位決定戦
Mohamad Abd El Fatah(エジプト)○[5-0=6:56]●Levon Geghamyan(アルメニア)

 ▼決勝
Ara Abrahamian(スウェーデン)○[3-1=6:07]●Alexander Menshikov(ロシア)

 
【2003年世界選手権】

 ▼準々決勝
Fritz Aanes(ノルウェー)○[3-2=7:42]●Bradley Vering(米国)
Ara Abrahamian(スウェーデン)○[2-2=9:00]●Hamza Yerlikaya(トルコ)
Gotcha Tsitsiashvili(イスラエル)○[3−2]●Vyatcheslav Makarenko(ベラルーシ)
Attila Batky(スロバキア)○[2-2=9:00]●Muhran Vakhtangadze(グルジア)

 ▼準決勝
Ara Abrahamian(スウェーデン)○[4−0]●Fritz Aanes(ノルウェー)
Gotcha Tsitsiashvili(イスラエル)○[2-0=9:00]●Attila Batky(スロバキア)

 ▼3位決定戦
Attila Batky(スロバキア)○[3−2]●Fritz Aanes(ノルウェー)

 ▼決勝
Gotcha Tsitsiashvili(イスラエル)○[2-0=9:00]●Ara Abrahamian(スウェーデン)




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