【特集】メダルの色は違うけど、私にとっての金メダル…浜口京子

 予選1回戦 ○[8−4] Toccara Montgomery(米国)
 予選2回戦 ○[Tフォール、5:17=10-0] Stanka Zlateva(ブルガリア)
 予選3回戦  BYE
 準 決 勝  ●[4−6] Wang Xu(中国)
 3位決定戦 ○[4−0] Svitana Sayenko(ウクライナ)

     

     


 金メダルを目標に、いや、金メダルだけを目標にアテネ五輪までを突っ走ってきた日本のエース、浜口京子(ジャパンビバレッジ)が準決勝で王旭(中国)に敗れた。

 3−3のまま終盤へ入り、技術回避の警告(パーテールポジションの防御で相手の手首を固くつかんだ)を受け、さらにローリングで回された浜口の目に映った電光掲示板には、自分が4−5の1ポイント差で負けていると映った。浜口道場の道場訓「万来の氣合」で最後まで攻め、執念で1ポイントを獲得。同点となって延長へ入るはずだった。だが、電光掲示板には王旭の6−4での勝利が示されていた。最初の電光掲示板のスコアが間違っていたのだ。

 レスリングは、ローリングでまわされた選手に2点が入ったりすることもある(回す側が肩をべっとりつけた時など)。命をかけて戦っている選手が、興奮状態の中で掲示板に示されているスコアを頼りにするのは当然だろう。浜口が最後に1ポイント狙いにいったことを誰が責められようか…。

 金メダルだけを目標にした選手が途中で負けた場合、気持ちの糸が切れて、闘争心が萎えてしまうことがよくある。しかし浜口は違った。「何があってもメダルを取りたい」との思いが湧き出てきた。選手村に帰っても、金メダルに手が届かなかったことで落ち込むより先に悔しさが出て、目がさえてしまったという。その気持ちを、3位決定戦の相手、サヤエンコにぶつけた。

 4−0。危なげない試合で銅メダルを確保。バッティングで右目を腫らしながらも、これ以上はないという笑顔でアテネまで応援に来てくれた人たちに、いつまでも感謝の気持ちを返し続けた。

 世界V3を達成するまでは順調に進んだが、その後、世界一から転落したり、地元のワールドカップで負けたりし、苦しい時が続いた。その度に努力でどん底からはい上がり、アテネに来た。金メダルには届かなかった。しかし「人生の中で金メダル以上のものを得ることができたと思います」。さわやかという言葉以外の何物でもない笑顔で、銅メダルの栄光を喜んだ。

 金メダルを取った王旭について聞かれると、即座に「女子レスリング最初のオリンピックの初代女王にふさわしい選手だと思います」と答えた。負けた時にどんな態度をとるかで、人間の真価が問われる。浜口の行動は、まぎれもなく人生の金メダルをその首にかけるべきすばらしいスポーツマンシップだった。

 テレビ局の番組に出演したあと、選手村に戻らず両親のもとにかけつけた浜口は、「北京五輪を目指します!」という父・アニマル浜口さんの一方的な宣言に思わず噴きだしてしまった。「今はしばらく休みたい。温泉でも行って、のんびりしてからです」と、現役続行の明言はなかったが、日ごろから「レスリングが好きです」と口にしている選手だ。3位決定戦のあとにも、マットにキスをしてステージを降りるほどレスリングを愛している選手だ。きっと、しばらくの休養のあと、また燃える道を突き進む決心をしてくれることだろう。

 「いろんな人に支えられました。みんなが取った銅メダルです。みんなでさわってください」と、自らの努力と汗で勝ち取ったメダルを、応援してくれた人たちに惜しげもなくさわらせた浜口。周囲に対する感謝の気持ちを、最後まで忘れることがなかった。

 応援者の方こそ、浜口のおかげでいい夢を見させてもらったと思っている。アテネまでの数年間、必死に応援し、まるで自分の人生であるかのように真っ赤に燃えさせてもらった。その感謝の気持ちは、金メダルを逃したことぐらいでは消えはしない。このあとも浜口への感謝と応援する気持ちをなくすことはないだろう。

 浜口は誰をも裏切っていない。さわやかな“人生の金メダリスト”は、このあとも多くの人へ夢と希望を与え、愛されていくことは間違いない。

(取材・文=樋口郁夫)




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