【特集】家族の愛に支えられて手にした銅メダル…田南部力

 予選1回戦 ○[5−2] Namig Abudullaev(アゼルバイジャン)
 予選2回戦 ○[4−3] Yogeshwar Dutt(インド)
 予選3回戦  BYE
 決勝T1回戦 ○[Tフォール、2:29=10-0] Kim Hyo Sub(韓国)
 準 決 勝  ●[0−3] Stephan Abas(米国)
 3位決定戦  ○[7−0] Amiran Karntanov(ギリシャ)


 家族の愛が、日本男子レスリングの伝統を守った−。8月28日、アテネ五輪レスリング・フリースタイル55kg級の田南部力(警視庁)が3位決定戦に勝ち銅メダルを獲得。戦後の五輪で続いているメダル獲得の伝統を守った。「金メダルが目標だったから、複雑な気持ちです」。100%喜べない結果ではあるが、「周りの人が喜んでくれたのでよかった」と気を取り直し、素直にメダル獲得を喜んだ。

 伝統を守ったことは、「自分だけの力ではない」と断言する。グレコローマンでは、66kg級の笹本睦がミスジャッジさえなければメダルも取れる強さを見せ、55kg級の豊田雅俊は優勝した選手に善戦。74kg級の永田克彦、84kg級の松本慎吾とも決勝進出選手と互角近くにやる健闘。フリースタイルでも池松和彦が準決勝進出を前に無念の逆転負けと、すべての選手が頑張ってチーム全体を盛り上げてくれたおかげだとし、「9人の力です」と強調した。

 田南部を支えたのは、妻・千穂さんと長女・夢叶(ゆめか)ちゃん、長男・魁星(かいえし)くんの3人だ。「料理のうまい妻と、2人のかわいい子供。これだけで幸せです」と話す一方、その幸せの中にどっぷりとつかってふやけることなく、レスリングに打ち込んできた。

 「レスリングを心おきなくやらせてくれた。『一生懸命にやって勝ってくれ』と言ってくれたので、辛い練習にも耐えられた。家族が大きな支えでした」と目頭を潤ませた。“メダル候補”とも言われ、「辛い時もあった」というが、気持ちがくじけないように支えてくれたのも家族だという。準決勝で負けたあと、千穂さんが「銅メダルでいいよ」と言ってくれたので、気持ちを切り替え、奮い立たせて3位決定戦へ臨むことができた。

 金メダルを目標にしてきた選手が、負けたあとに力を出すことは本当にきつく、魂の抜け殻のようになってマットに上がる選手も少なくない。それを経験で知っているのが和田貴広コーチ。1996年アトランタ五輪でギオバンニ・スキラチ(イタリア)に不覚の黒星を喫し、そのあとの敗者復活戦3試合には辛うじて勝ったものの、3位決定戦で勝つことができなかった。和田コーチはその悔しさと反省を田南部に教えたという。

 実力はありながら世界選手権でのメダル獲得はなかった。晴れ舞台でそれを上回る成績を残せたことは素晴らしいこと。100%の満足ではなくとも、「人生の最高の日。五輪発祥の地でのオリンピックに参加でき、メダルを取れたことは、今後の人生のためになると思います」と言う。

 その今後の人生は、「周りの人と相談して決めたい」と、大会前に口にしていた現役引退〜指導者の道とは名言しなかった。「少し休んでから」ということだが、満足の中にも悔しさが残っているようなので、再び戦いの炎を燃やすこともありそう。

 いずれにせよ、日本レスリング界は大きな力を得た。指導者として力を発揮するにしても、メダル獲得の経験は大きな財産。もし現役続行としても、世界一に手が届こうかという選手がチームにいればその波及効果はすごいものがある。次回の北京五輪での王国の完全復活が見えてきた。

(取材・文=樋口郁夫)




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