【特集】ビル・メイのアジア選手権観戦記

    ビル・メイ             
(プラハ在住、元国士大コーチ)


猛熱の中、熱戦が少なかった

 第16回アジア・レスリング選手権大会が6月5〜8日、気温44〜46度の猛暑につつまれたインドのニューデリーで行われました。インディラ・ガンジー・インドア・スタジアムもそれに比例して暑かったものの、この大会の試合の内容は残念なことに熱戦と呼べる試合が少ないという印象が残りました。

 まず、新型肺炎(SARS)の恐れもあり、またオリンピック予選のになる秋の世界選手権に集中するためでしょう、日本を含めて参加している国はほとんどがベスト・メンバーではありませんでした。

 昨年のアジア大会の優勝者は、フリースタイル96kg級のアリ・レザ・ヘイダリ(イラン)とグレコローマン55kg級のアセット・イマンバエフと同120kg級のゲオルギ・ツルツミア(ともにカザフスタン)だけでした。大陸チャンピオン級の選手とアジア大会の銀と銅メダリストとなると、10〜12選手ぐらいがいましたが、試合をする状況はよくなかったので、ベストを尽くせなかったようです。

 競技場は暑いだけではなく、各セッションの試合進行表を出すのは遅く、途中の変更も多くて選手はやりづらかったと思います。決勝のセッションでは、変なときにアナウンスがあり、試合に出る選手はいつアップすればいいか分からないという状態。アップしてから20分も待たせたこともありました。「チャンピオンシップ」と言う環境のある大会ではなかったようです。

 さらに書かせてもらえば、選手の名前のスペルはひどく、名前から選手の判別することが難しいものでした。例えば、イランの「Heydari」は「Hiequri」のスペルになっていて、カザフスタンの「Imanbayev」は「Iman Byevasset」です。グレコ60kg優勝のウズベキスタンの「Hudoy Ber Dievasliddin」は、確認ができませんでしたが、昨年の世界選手権で笹本選手をTフォールで下して6位入賞した「Shamseddin Khudaiberdiev」だろうと思います

 女子51kg級で優勝した服部担子選手は「Nima Kohattor」になっていて、表彰式での場内アナウンスはプロレスのようなリズムですが、発音がもぐもぐしか聞こえず、「金メダルはNimaaaaa Ko、もぐもぐ、ジャッパン」と“アナウンスされました”。


強国と弱国の差が大きいアジア

 5月に欧州フリースタイル選手権を見て、強い選手と弱い選手(英国以外)との差はそんなに大きくないと思いましたが、アジアではAクラスとBクラスの差は大きいです。大会を一部と二部に分けてもいいかも知りません。台湾とフィリピン、またネパールとバングラデシュはあまり太刀打ちができなくて、すぐフォールで負けるか、0−25、0−30といった試合もあって、大陸選手権としては格好が良くないと思います。

 東南アジアの国のレスリングは、これまでアジアのCクラスだったと言えると思いますが、そんな中で今回のベトナムにはびっくりしました。筋肉がついている選手もいて、レスリングの技術と作戦の考え方もできていました。 旧ソビエトの国からコーチがいるようで、そういうレスリングができていました。

 特にグレコの74kg級のマン・バシュアンは、予選リーグ1勝1敗で敗者復活戦で進み、国士大1年生の鶴巻宰にきれいなそり投げを決めて5−3で勝ちました。最後は5位に終わりましたが、これからどこまでいけるのかは楽しみにしています。


イランがフリー6階級で優勝

 大会では、男子はイランが強さを見せました。フリースタイルでは、7階級のすべてで決勝まで進み、6人が優勝しました。グレコローマンではイランの優勝は1階級に終わりましたが、6人が3位以内に入りました。

 しかし圧倒的な強さというわけでもありません。フリースタイルの優勝のうち3試合は延長での勝利、3試合は1ポイント差での勝利です。逆に言えば、勝負強いということでしょう。

 55kg級では、アジアで2位と3位になったことのあるモハマド・アッスラニが1回戦では3−4で負けましたが、その後、日本の松永共広(日体大研究員)に逆転で勝ちし、カザフスタンに3−2で勝って決勝に進み、延長でアジアの初優勝を飾りました。

 松永は一昨年アジア・カデット王者のカザフスタン選手対して、延長のクリンチから大内刈りを決められず2−3で負け。続く試合ではイランのアッスラニのハイ・クロッチ(頭が外の片脚タックル)を止められずに逆転され、延長で4−5で敗れ、決勝へ進む可能性がなくなりました。

 3回戦で戦ったモンゴル選手は、松永から6点以上取って勝ったら決勝進出とあって気合を入れてきました。1−5とリードされた松永は、大内刈りを決め、両脚タックルで持ち上げて7−5と逆転勝ち。最後の試合で実力を見せました。しかし、攻撃のバリエーションを考えなければ、一段階上のレベルへの進出を期待できないかも知りません。防御の弱点も目につきました。特に相手のハイ・クロッチを守る方法を学ばないと、アジアや世界の大会では結果を出すのは難しいと思います。


池松和彦はクリンチに研究の余地あり

 日本のもう一人期待された池松和彦(日体大助手)は銀メダルを獲得し、いいレスリングを見せましたが、クリンチに対しての考え方は問題と言えるかも知りません。1回戦の第2ピリオドがクリンチでスタートしましたが、池松はちょっと焦たようで無理な大外刈りを掛けてみましたが、倒されて、試合がほぼ決りました。

 しかし、この試合を負けたことで、池松はリラックスしたようで、両脚タックルとロー・シングルの自分のレスリングを出来るようになって、敗者復活戦を通じて、準決勝に進みました。

 準決勝でアジア大会銅メダリストのノルジン・バヤルマグナイ(モンゴル)に第2ピリオドのクリンチから首投げを決め、勝つことができました。しかし、決めた首投げは3−2となってしまいましたから、それほど切れのある首投げとは言えません。

 決勝では、イランのナンバー2のハッサン・ターマセビにアンクルホールドなどを決め、6分間を2−0で終了しました。3点ノルマ制で延長へ進み、そこでクリンチでつり上げられ、背中からマットへ落とされて2−3と逆転され負けてしまいました。

 結果論では何とでも言えますが、クリンチに自信がなければ、そのまま勝負するのでは成功率は低いのではないでしょうか。ホイッスルと同時にグリップを離して脚を取るなり、もろ差しして寄り切るなり、いろんな作戦が考えられます。

 もし池松がグリップを離して1ポイントを許しても、まだ2−1です。池松の前の6試合では、返されてポイントを取られたのは韓国に倒された直後の1回だけでした。ということは、1ポイントをやっても、そのあと守り切る可能性が高かったと思います。一気に3ポイントをやってしまうと、そこで試合は終わり、守り切るチャンスがありません。

 他の日本のフリースタイルは、60kg級の松尾大士(日体大研究員)がオリンピック4位のダミール・ザカルティノフ(ウズベキスタン)に延長戦まで互角に戦いましたが、ハイ・クロッチを許して敗者復活戦にまわりました。その敗者復活戦では、アジア大会3位のウラン・ナディルベク(キルギスタン)に8点ものリードを許して、最後は4−9で負け。韓国にも完敗し、いいところはあまりなかったと思います。

 120kg級では、諏訪間幸平(クリナップ)が大陸王者に2度なっているアリレザ・レザイエ(イラン)を送り出して先行の1ポイント・パッシブ(警告)を取るなど善戦しましたが、その他の日本のフリースタイルの試合はちょっとがっかりしていました。


6選手が1勝以上した日本グレコだが…

 グレコローマンでは外国の若手選手が目立ちました。55kgは決勝で昨年のアジア・ジュニア選手権優勝のハミドバヴァファ(イラン)と一昨年の世界ジュニア王者のアセット・イマンバエフ(カザフスタン)が対戦。9分間の激しい押し合いの末、イマンバエフが2−1で勝ちました。

 日本は120kgの新庄寛和(国士大)以外の全選手が最低1勝を上げましたが、ベトナム、台湾、シリアに2勝ずつの内容です。ほかに昨年の世界選手権代表の森角裕介(新日本プロレス職)がインドの00年のアジア・ジュニア選手権2位のサティッシュ・クマールをパッシブからローリングを2度まわして3−0で勝ちました。しかし、森角はその後の2試合でパーテール・ポジションのチャンスがありましたがいずれも決められず4位に終わり、1人もメダルに手が届きませんでした。


完成度の高い斉藤紀江のレスリング

 日本の女子は7階級中5階級で優勝し、団体優勝を飾りました。中国が不参加で、モンゴル以外の国の選手はそんなに強くはなかったいと思いますが、とりあえず日本の強さを見せたと言えます。

 服部担子(中京女大)は51kg級リーグ戦3試合すべてでフォール勝ちし、59kg級では世界選手権代表の岩間怜那(リプレ)が4試合すべてでフォールとテクニカルフォールで勝ちました。しかし、投げられて、ニアフォールに追い込まれるのピンチもありました。

 48kgの野口美香(鹿児島・鹿屋ク)はヒザのけががあっても、守り中心のレスリングとなりましたが、文句なしの優勝でした。63kg級でアジア選手権のV3を達成した正田絢子(東洋大)は韓国の元柔道の選手に対して投げを警戒しながら、タックル、ローリングで攻め作戦のあるレスリングを見せました。

 しかし、日本女子の中で一番完成したレスリングを見せたのは67kg級の斉藤紀江(ジャパンビバレッジ)だったと言えるでしょう。2選手しかエントリーしておらず、斉藤は最終日の最後のセッションでやっとマットへ上がりましたが、地元インドの期待されたシハン・キランにタックル、ローリング、落し技と投げ技を駆使してテクニカル・フォール勝ち。国際大会の初優勝をつかみました。

 67kg級は残念ながら来年のオリンピックで実施されない階級ですが、今の斉藤のレスリングを見ると、9月の世界選手権が楽しみです。



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