【総評】アテネでの勝利に必要なライバル分析



 9日に来日したカナダのクリスティン・ノードハーゲン(写真右)を成田空港で通訳をはさんで取材した際、打倒浜口にかける並々ならぬ意気込みを感じた。全身からただよっていた殺気、と書くとオーバーになるが、静かな表情と言葉の中にも気迫がすごく、一抹の不安が胸をよぎった。

 浜口が世界選手権(ニューヨーク)で心身をピークにもっていって1ケ月もたっていないのに対し、世界選手権に出ていないノードハーゲンはこの大会にかけている。初日の第1試合となれば、その気持ちの差がいっそう出てくるのではないかと、正直なところ、予感は悪い方にばかりいってしまった。その予感は的中してしまった。

 そして浜口が最後のトッカラ・モンゴメリ(米国)戦も落とし、日本は団体優勝を飾れなかった。2kgオーバー計量のため、パワーのある外国選手の方が有利な大会だったことは確かだ。しかし日本にとっては移動疲れのない地元開催であり、55kg級と72kg級を除けば1階級に2人をエントリーして体力温存策をとれたなど、多くのアドバンテージがあった。そんな条件下での敗北は、いかなる理由をもってしても“正当化”されまい。「敗因はただひとつ。本物の実力がついていなかったから」と考え、再出発せねばならない。

 団体世界一を落とした中でも55kg級の吉田沙保里、59kg級の山本聖子、63kg級の伊調馨が全勝をマーク。順調に実力を伸ばしている明るい材料はあったのだから、そう大きく悲観することではない。勝ち続けていては見えなかった部分も見えてきたわけで、この敗戦をアテネ五輪勝利の糧(かて)とする、と前向きに考えることでいいと思う。

 見えなかった部分としては、例えば大会へ臨む体調作りの問題を指摘させていただきたい。今回は、9月25日から10月4日までの9日間を新潟・十日町市で合宿し、東京・国立スポーツ科学センター(JISS)へ移って合宿続行。通算16日もの“幽閉”をしての大会だった。途中の2、3日は家へ戻して息抜きをさせる必要はなかったか。選手の中には、疲れを訴えていた選手もいた。

 それらを分析したうえで、アテネ五輪では、気持ちを高揚させるため8月13日の開会式に出場させて22日の試合を迎えるか、開会式出場をカットし5、6日前にアテネ入りするかを決め、8月22日にベストの状態をつくってほしい。女子のレベルは、もう体調の良し悪しで勝敗が分かれる段階にまできているのだ。

 浜口の2敗は、日本レスリング界にショックを与えたが、この2敗によって、日本チームは“ライバル分析”の必要性をいっそう痛感したと思う。モンゴメリの3点技
(写真左)は、明らかにおとりで片足を取らせての返し技。ノードハーゲン戦などで何度か見せており、浜口が左足を取った瞬間、筆者の横にいた綜合警備保障の大橋正教監督(バルセロナ五輪グレコローマン48kg級代表)が「気をつけろ! 気をつけろ!!」と叫んだ。彼はモンゴメリの試合を数試合みただけで、おとりで左足を出すモンゴメリの作戦を見抜いていたわけだ。

 浜口がその事実を把握していたのかどうか。コーチ陣が防ぎ方を十分に教えていたのかどうか。一流選手は“ここぞという時に使う”必殺技・隠し技を持っているもの。ノードハーゲンにもいえるわけで、それを知らなければ相手の術中にはまる。72kg級のトップグループ間での戦いは、「自分の力の100パーセントを出せば勝てる」という状況を超え、「敵を知らなければ勝てない」レベルにまできているのだ。

 幸い、浜口の実力からすれば、ことしの欧州チャンピオンのアニタ・シャツラ(ドイツ)、01年の世界チャンピオンのエディタ・ビトコウスカ(ポーランド)らヨーロッパ勢との実力差は明白。このあたりなら、「自分の力の100パーセントを出せば勝てる」はず。敵は米国とカナダ、しいて言うなら中国に絞っていいと思う。

 カナダや米国の国内予選にもビデオ班を派遣し徹底的に研究する必要があると思う。ライバルを“丸裸”にすることが、アテネ五輪で浜口に栄光を取らせるために必要なことであり、その努力を怠ってはならない。

 また、男子の和田貴広・日本協会専任コーチが自らの体験をふまえ、この敗北によって「チャレンジャーとして、より努力すると思う」とメッセージを送った(クリック)ように、いま欠点を見つけたことは、かえってよかったと考えていいと思う。

 負けを肯定するわけではない。また楽観もしない。しかし、勝ち続けることがすべてではない。今回の浜口、そして日本チームの敗戦は、アテネ五輪での勝利の大きなエネルギーになってくれることを願う。(文・樋口郁夫)



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