【特集】富山英明強化委員長インタビュー



 全日本選手権を経て新しい全日本チームが確定。フリーチーム、グレコチームともは2月中旬から約3週間の欧州遠征に出かける。今秋の世界選手権とアジア大会へ向けて強化に尽力する富山英明強化委員長に聞いた。


 ――強化委員長になって1年以上たちましたが、振り返ってみて、自分の思ったような強化がでていますでしょうか?

 
富山 「フリーが和田貴広(協会専任コーチ)、グレコが伊藤広道(自衛隊コーチ)を中心に、コーチが頑張ってくれている。若いコーチの前に、若い選手がまとまっていると思う。指導方法もいいし、和田コーチはロシア、伊藤コーチはカザフスタンなどとルートを持っていて、いろんな情報が入ってくる。世界の流れに遅れることがなくなっていると思う」

 ――根性練習からの脱皮は?

 
富山技術練習、根性練習、どちらも必要だ。技術を持ち、最後は勝つ気持ちを持つこと。この最後の部分をおろそかにしたくない。技術はよくなっている。選手はこの前(11月)の世界選手権で、世界の中における自分の位置が見えてきている。自分の位置がわ分からないと、頑張るといっても、何をどう頑張っていいか分からない。自分の立場を知ったことで、気持ち面で違っているはずだ。コーチにも同じことが言える

 ――菅太一選手(グレコ76kg級)が、パーテールポジションの防御のとき、日本ではしっかり守れるので、「動け」と言われる意味が分からなかったが、世界大会に出て、初めて動かなければ守れないことが分かった、と言っていました。これも経験ですね。

 
富山決して高いレベルの話ではないが、経験によって知ったこと。経験することで今後の練習方法が分かってくる

 ――世界選手権を見て、レスリングそのものは変わっていると感じましたか? フリーにもコンタクト・ルールが導入されたりしてルールは変わっていますが…。

 
富山基本的には変わっていない。日本選手のまずいところは、開始1分間で最大の力を出してプレッシャーをかけることができない。その間にパッシブやポイントを取られてしまう。最初の1分で最高の体力と集中力、負けん気などがなければ勝てないふうになっている。小幡(邦彦=フリー76kg級)は、予選でキンチャゴフ(ウズベキスタン)と互角以上にやっていたのに、レフェリーは絶対に日本選手にパッシブを取ってくれず、先に取られてしまう。レフェリーはソ連・欧州系の選手を有利にとってしまうので、それに負けないだけの攻撃力が必要だ

 ――最低限、最初の0−0で第1ピリオドを終わる力がほしいですね。シドニー五輪での永田克彦(グレコ69kg級)がそうだった。

 
富山やはり最初の1分。しっかり守れる体力と技術だ

 ――先にパッシブを取られ、ローリングで転がされて失点、というのは、ここ何年間も変わっていない日本選手の弱点ですね
 
 
富山頭では、それではダメ、と分かっていても、体がついていかない

――わき腹の筋肉が弱いからでしょうか、それとも技術的に足りないものがあるのでしょうか?

 
富山う〜ん。本気になって(ローリングの防御を)考えられないから、しっかり練習ができていない面があると思う。スパーリングでも最初の1分間はウォーミングアップのようにして動き、それから力を出す選手を見かけける。『最初の1分間に対する意識が欠けている

 ――試合のための練習になっていない、と。

 
富山そういうことなんだよね。日本は地理的に不利がある。欧州はバスとかでも頻繁に外国へ遠征し、違った相手と数多く練習を積める。実戦慣れしている。実戦が練習になっている。日本では同じ練習相手の中でやっているので、刺激がない。最近は拠点ができて(国立スポーツ科学センター)大学生も結構来てくれるようになった。顔ぶれが変わることはいい刺激になる

 ――やはり海外遠征ですね。

 
富山やっていく中で、『強そうだけど、たいしたことない『外国選手は最初の1分をすぎると力が落ちるということを知ってくれる。ビデオを見たり、話を聞いたりするだけでは絶対に分からない

 ――この前の世界選手権を見ていると、日本選手の平均パターンは、まず0−4とか0−5とかリードされ、3−4や4−5まで追いつく。しかし、逃げ切られる、といった感じです。追い上げたことで満足してしまっているようにも感じました。0−0からのポイントじゃなければ、本当に取ったポイントじゃない、と思ってほしい。

 
富山その意識を持ってほしい

 ――92年のバルセロナ五輪が終わってガラリと若返りましたが、そのときも最初は結構ひ弱なチームと感じました。それがアトランタ五輪へ向けて1年ごとにたくましくなっていった。あれをもう1回やってほしい。

 
富山若いチームだけに、吸収するものは多いし、あっという間に力は伸びる
 
 ――その一環として2月に欧州遠征がある(フリー=ウクライナ、ドルコ、ロシア/グレコ=ギリシア、ハンガリー、イタリア)。

 
富山それぞれ3大会に出場し、現地チームとの練習も組み入れている。体の調子が悪くても力を出し切れることを学んでほしい。精神的にはタフになる。その中で何かを学んでほしい。勝ち負けの結果は問わない。新しい階級としても学ぶことは多いはず。けがだけはしないでほしい

 ――階級区分が変わって、一番大変な選手はだれになりますか?

 
富山小幡あたりは苦しいだろう(76kg級→74kg級)。永田(69kg級→74kg級)も非常にきつい。逆に宮田(和幸=フリー69kg級→66kg級)、笹本(睦=グレコ58kg級→60kg級)はちょうどよくなった

 ――春以降の強化は?

 
富山4月に韓国遠征を考えている。その後は6月の明治乳業杯全日本選抜大会に向けて各所属で練習させ、それで再び全日本チームを結成。フリーは7月26〜28日のセルゲイ国際大会(ロシア・カリニングラード)に行かせ、地元チームと練習もさせる。セルゲイ(元全日本コーチ)がアレンジしてくれる。グレコも7月上旬に欧州へ遠征して大会出場と合宿で鍛える

 ――ソウル五輪が終わって12年以上、韓国はまだ世界のトップに何人かが入っている。同じ民族なのに、なぜこうも違うかがいつも不思議に思う。

 
富山テヌン村(ナショナル合宿所)での厳しさの違いだと思う。1日3度の練習で、とにかく厳しい。世界チャンピオンですら引っぱたかれている。ただ、まだそういう文化なわけで、日本ではそうはいかない。日本は日本のやり方で厳しさを課していきたい。テヌン村の練習に接し、刺激されてほしい

 ――技術的に学ぶべき国は?

 
富山タックル中心のイランとなるかな。力じゃなく、すかしてのタックルとか絶妙なタイミングで取るタックルを学ぶべきだ
 
 ――冬の遠征では重量級選手は派遣しないことになった。重量級切り捨ては、やむをえない状況になったのでしょうか?

 
富山コーチ間でいろいろ意見があり、もう一度見直すことになった。本当に勝つ気持ちがあれば、つれていくことになるかもしれない。ただ、どの階級も同じだけの強化費を使うことが平等ではない。実績や期待度で差をつけることが平等だ

 ――はずされたら、全額自己負担ででも「つれていってくれ」と訴えるヤル気がほしいですね。

 
富山昔はそうした選手がいた。そうした気持ちが必要だ

 ――ことしは世界選手権(9月)とアジア大会(10月)が短期間で続く。力の配分は?

 
富山フリーは世界選手権とアジア大会の間が約1か月ある。グレコは半月しかない。JOC(日本オリンピック委員会)とのからみがあるので、アジア大会にも力を入れねばならない。やはり世界選手権の代表をそのままアジア大会に出さざるを得ない。韓国はアジア大会にかけてくるので、ベストメンバーが出てくるはず。厳しい闘いになるだろう

 ――新戦力として期待する選手は?

 
富山松永(共広=フリー55kg級)のような若手が、海外を経験しどう伸びるか? 日本ではしつこいいいレスリングをするが、海外であの程度の選手は腐るほどいる。それを知って、どういうレスリングをやってくれるかに期待したい。顔に殺気があるのは頼もしい。体力はまだで、一番足りないのは経験だ

 ――少年レスリング出身者だけに、ケガとかはどうなのでしょうか。少年出身選手は、体がボロボロのことが多い。

 
富山ひざが悪いとは聞いている。どの程度なのか? 本当に悪いのなら、目先のことにとらわれず、しっかりと直して再スタートを切る勇気も必要だ

 ――田南部力、長尾勇気といった選手が意地を出してくれるとお互いのレベルアップになりますね。

 
富山2人ともこのままで終わってはならない。もう1度、世界に出られるように頑張ってほしい

 ――長期的視野にたった強化として、ジュニア(学生)・チームが2月に米国遠征しますね。

 
富山JOCの一貫強化プログラムで予算が認められた。協会の予算とは違う遠征になる。若い時に国際大会を経験することは必要だから、いい機会だ。若い選手は、いい技術を持ち、ヤル気があって前向きでも、勝つための技術を知らないことが多い。経験が足りない。何かを学んで帰ってきてほしい。それで、またレベルが上がる

 ――JOCの主催とはいえ、若い選手にチャンスが与えられるのはいいことですね。

 
富山去年の全日本選手権には、インターハイ王者級の選手に来てもらって見学させ、その後の年末合宿で佐藤満コーチ(専大教)らの技術指導へとつなげた。今まではなかったこと。ナショナルチームの拠点ができたことで、今後は高校生、大学生、ナショナルチームが一ケ所に集まって練習する機会が出てくると思う。高校生がこのすばらしい施設を見て、『ここで練習をやれば強くなれる。練習したいと思ってくれることを望みたい

 ――88年ソウル五輪前の500日合宿の再現も考えられますね。

 
富山それはありえる。宿舎のキャパシティの問題もあるが、近くに合宿所を借りてやる方法もある。ドクターも常時いるし、減量の指導をしてくれるスタッフもいる。食事もカロリー計算されたメニューが出てくるし、最高の練習環境になる

 ――いわゆるハングリー精神がなくなるという心配は?

 
富山こうした施設は必要だ。アメリカあたりは30年も前にこうした施設があった。大学だけでもこれくらいのものを持っていた。それで、根性がない、なんてことはない

 ――現実問題として、こうした環境に慣れてしまって世界選手権に行った時、環境が悪くなって力が出せない心配はあると思う。いい環境ものとでの大会ばかりではない

 
富山その心配はあるが、各自で自覚してやってもらうしかない。これだけの練習環境を与えられて、わがままは言わせない

 ――頑張るにはモチベーション(動機)が必要。レスリングはマイナーなだけに、野球やサッカーのようにはいかない。これの与え方が一番の問題だと思う。

 
富山夢のひとつは金だが、それだけがすべてではない。難しい。ただ、すべての選手に同じような夢を与えるのは無理がある。各スタイル1人ずつを選び、とことん優遇して強化し、世界一を身近に感じさせるのも、がんばってくれる動機になるかもしれない

 ――大変な時期に強化委員長を引き受けましたね。

 
富山使命感だ。自分の代では結果が出なくても、次代に伝えるために、きっちりした形を作りたい。『大変だと思うか、名誉だと思ってやるのか。レスリングのおかげで今の自分がある。名誉だと思って取り組むし、若手のコーチが必死になってやっているし、こんなすばらしい施設も与えてもらった。雰囲気はいい。できる限りのことはやりたい



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