【特集】再び世界に挑む田南部力




 7月1日からロシア・カリニングラードへ遠征していた全日本フリーチームが16日、帰国した。同地で合宿ののち、「ベログラゾフ・カップ」に出場し、55kg級の田南部力(警視庁)が優勝。60kg級の太田亮介(警視庁)も4位入賞し、団体順位も3位に入賞した。

 田南部自身は約1年ぶりの国際試合だったが、不安よりも、世界のトップ選手と争える緊張感を楽しみ、なつかしい場所へ帰ってきた喜びの方が上回っていたようだ。

 9カ国が出場した「ベログラゾフ・カップ」には、予想よりも高いレベルの選手が集まり、15人が出場した55kg級には世界王者、五輪入賞者、世界選手権の上位常連とそろい、さらに若手の有望選手も顔をそろえた。田南部自身がかつて戦った選手、練習をともにした選手の姿も見える。予選を別グループで戦ったコントエフ(ベラルーシ=シドニー五輪4位、01年世界王者)からは、「久しぶりだな」と声をかけられた。

 初戦をテクニカルフォールで勝利したあと、予選3ラウンドのパヴレフ(ロシア)戦を前にして、かすかな不安がよぎった。「ヤリギン国際大会」で2位になった選手だと聞いたからだ。 ロシア・クラスノヤルスクで毎年開催されるヤリギン国際大会は、賞金つき国際大会ということもあり、ときには世界選手権以上にし烈な争いが繰り広げられる。みずからも参加したことがあり、その厳しさはよく承知している。そこで2位に入る実力ならば、世界選手権等への出場経験がなくとも、トップクラスの実力であることは間違いない。

 しかし、不安は一瞬のことだった。「よく考えたら、オレも2位になっていたことをと思い出した(笑)」。2000年7月、ロシアがシドニー五輪代表選考会を兼ねていた「ヤリギン国際大会」で田南部は54kg級で2位になっている。同じ2位であれば、経験を積んでいる分、余裕が持てるはずだ。そして、相手が若手であるということは、自分も相手を知らないが、相手も自分を知らない。「スピードが速く、守りが堅かった」というパヴレフを3−1で下し、予備選、決勝トーナメントを勝ちあがり決勝戦へ。

 決勝の相手は、大会前の合宿で、田南部と五分の勝負だった選手と試合をして別ブロックから勝ち上がってきた選手だった、だから「決勝はいい勝負になる」と予想した。ところが、試合が始まると予想外にかみあった。8−0で圧勝に終わり、ロシアの特産物、琥珀が埋めこまれた美しい金色のメダルを手にした。

 昨年は、数年来のライバル長尾勇気(宮崎工高教)の存在と松永共広(日体大)の急成長の前にに日本代表の座を阻まれ続けた。敗れるたびに、照れ隠しに引退をほのめかす発言も繰り返した。しかし、1年の国際ブランクが新鮮な気持ちをもたらし、世界を目指す感触が再び呼び起こされた。

 「アジア大会があるけれど、やっぱり世界選手権が気になる。数年前だったら違うだろうけど、アジア大会以上の場所(シドニー五輪)を味わってしまったから、どうしても世界で勝負したくなる」

 大会場の試合でマットに立つ感覚は、極度の緊張とともに恍惚をももたらすものなのだろう。その密の味を一度でも味わうと、再びチャンスを目の前にしたら、追い求めずにはいられないのかもしれない。それでも、次の五輪について聞くと「そこまでは考えてないな」と慎重だ。

 だから、とりあえずの目標はイランでの世界選手権(9月5〜7日)になる。「イランという場所は、正直好きじゃない。でも、イランでやる大会は好きかな。ツイていることが多いから」。国際大会のメダルは、その国の特徴をあらわすデザインや素材を使用するのが慣例になっている。琥珀のメダルを手にして、ペルシアの美しいメダルを田南部は目指す。



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